(角潤一:在イラン日本国大使館 一等書記官)

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※本稿は、個人的な見解を表明したものであり、筆者の所属する組織の見解を示すものではありません。また、固有名詞のカタカナ表記は、一般的な表記に合わせています。

イランのバンクシー

 テヘラン北部、かつてナンパメッカであった「ジョルダン地区」にほど近い幹線道路脇に、「Fワード」でプーチン大統領を非難するショッキングな落書きが姿を現した。青と黄色のスプレーによるウクライナ国旗も描かれている。付近の電柱には『STOP WAR』の書き込みもあった。ロシアによるウクライナ侵略2月24日)直後のことである。

 テヘラン中心部に広大な敷地を有するロシア大使館の壁には、『Marg bar Putin』(プーチンに死を)と落書きされ、ネット上でもロシアを非難するハッシュタグが広がった。2月26日には、イラン警察によりロシア大使館前での抗議デモを許されなかった人々が、ウクライナ大使館前で同国への連帯を示そうと集まった(注1)

注1:しかし、時間の経過とともに、表立って反ロシアウクライナへの連帯を示す動きは薄れ、一般のイラン国民には無関心が広がりつつあるのが現状。

イラン国民の対ロシア心理

 一般に、「イラン人の対ロシア感情は悪い」という。少なくとも、ロシアを「好きだ」とか「信頼できるパートナーである」と言うイラン人を見たことがない(注2)。それは、19世紀~20世紀初頭のロシアによるイラン占領・干渉の歴史や、イランイラク戦争(1980~88年)時にソ連がサダム・フセインを支援したことなどが、自尊心が強く、「水に流せない」イラン人の心理の根底に歴史的わだかまりとして残存しているからだろう。

 近年においても、ロシアはその時々の情勢に応じて、対イラン国連制裁決議に賛成(2006年12月~2008年12月、2010年6月)したり、イランへの売却を約束していた防空システム「S-300 」を一時凍結(2010年)したりしており、イラン側には、ロシアに都合よく「対米カード」として使われているとの被害者意識もある。

注2:ただし、米国のメリーランド大学が世論調査会社「Iran Poll」(トロントに本拠地)と共同で実施した調査(2021年2月)では、「非常に好ましい(15%)」「好ましい(41%)」と半数以上のイラン人がロシアについて好意的な回答をしており、筆者の一般的な肌感覚とは大きく異なる結果が出ている。

ロシアのウクライナ侵略に対するイランの立場

 では、今回のロシアによるウクライナ侵略へのイラン政府・体制の対応を見てみよう。

 侵略開始から間もなく、プーチン大統領イランのライシ大統領に電話し、ロシアの「特別軍事作戦(Special Military Operation)」について説明した。これに対し、ライシ大統領は「NATOの拡大は、地域の独立国家の安定・安全に対する深刻な脅威である」と応じて理解を示した。イラン外務省も、「平和的な問題解決を望む」としつつ、「NATOによる扇動的な行動が現在の危機を引き起こした」と指摘している。

 ハメネイ最高指導者も3月1日に、「いかなる戦争にも反対であり、ウクライナにおける停戦を支持している」としつつ、「ウクライナにおける危機の根本は米国の政策であり、ウクライナはその犠牲になっている」と強烈に米国を非難。同時に、ウクライナの教訓として、西側の大国の後ろ盾は「蜃気楼」だとし、欧米諸国への不信感を改めて露わにした。

諸悪の根源は米国」とするのは、イランお得意の「すり替え技」である。

 一方で、微妙なバランス感覚も垣間見える。

 3月2日イランロシアを非難する国連総会決議には(反対はせず)棄権。自らも植民地主義の犠牲となった歴史や、自国内に抱える諸民族(クルドやバルーチ、アラブなど)による分離主義や民族主義への警戒から、「領土の一体性に対する挑戦」には神経質である。

 そのため、「西側による干渉が問題の根源」とするロシアナラティブは支持しつつも、2008年のロシアグルジア戦争(南オセチア紛争)や2014年のウクライナ危機においても、ジョージアにおける「南オセチア」および「アブハジア」の「独立」、ロシアによるウクライナの「クリミアの編入」を、イランは一貫して承認していない。

 そもそも1946年1月、イランは米国の支持を得つつ、ソ連による植民地主義的な内政干渉を国際連合に持ち込んだ。これが国連に提出された最初の問題であり、第二次世界大戦後の米ソ対立、東西冷戦の出発点との指摘もある。

イラン核合意を破壊しようとしたロシア

 そのようなイランのバランス感覚も、徐々にシフトしつつある。

 イランロシアの関係を探る上で、筆者にはどうしても気になる「資料」がある。2021年4月に流出したザリーフ外相(当時)が内部記録用に行ったインタビューの音声データだ。3時間を超えるものだが、改めて聞き返してみた。

「メイダン・ハーケメ!」

 ザリーフ外相が繰り返すこの言葉がやはり耳に残る。直訳すれば、「戦場が支配している」の意であり、イラン・イスラム共和国においては、「外交」ではく「軍事」が国の政策を決定しているとして、革命防衛隊、とりわけ2020年1月に「殉教」したソレイマニ司令官に対するフラストレーションを赤裸々に表した言葉である。

 その中で、ザリーフ外相は「これは絶対に表に出せない話だ」としつつ、ロシアが革命防衛隊と接近し、核合意(JCPOA)の成立・成果を何度も妨害・破壊しようとしたのだと強烈に批判している。

 ザリーフ外相の論理は明快である。「ロシアの狙いは、イランワシントンにとって地域最大の問題として残り続けることで、米国の注意をモスクワから逸らせることである」と。つまり、ロシアは核合意によりイラン西側諸国と接近することで、自身(ロシア)が米国等からの圧力の矢面に立たされることを警戒し、イランを「盾」に使おうとしている、との論理である。

 近年のイランロシア間の関係強化の重要な契機として、ロシアによるシリアへの軍事介入(2015年9月)を挙げる識者は多い。

 この点についても、ザリーフ外相はロシアに辛辣である。

露中に向かわざるを得ないイラン

 核合意成立直後の2015年9月、「ソレイマニ司令官がモスクワを訪問したのは(イラン側ではなく)ロシア側の意図に基づくものであり、プーチン大統領との面談で、シリアへのイラン地上部隊の派遣を約束させられた」「ロシアは空軍を投入したのみだが、イランは地上軍を引きずり込まれたのだ」。これも「イラン外務省の成果(核合意)を台無しにすることがロシアの目的であった」と批判している(注3)

注3:シリア内戦へのイランの関与強化は欧米諸国の反発を招き、成立したばかりの核合意の成果を危うくするとの論理。

 さらに、イランシリアで作戦を展開するロシア軍戦闘機のために、イラン国内の基地(イラン北西部のハメダン市近郊の空軍基地)を提供した。これは、イラン近代史上初の画期的な出来事であったが、結局、イラン国内での猛反発を呼び、数日で中止となった。この点は、ロシアも含め外国軍の存在を嫌うイランの国民性をよく示している(注4)

注4:イラン憲法は、外国によるイラン国内への軍事基地の設置を禁止している。

 2015年11月にイランを訪問したプーチン大統領は、手土産として、イランの念願であった防空システム「S-300」を贈った。プーチン大統領と面談したハメネイ最高指導者は、特にシリア問題におけるロシアの影響力のある役割を称賛し、「プーチン大統領は今日の世界において卓越した人物である」と持ち上げた。最高指導者の外交顧問ヴェラヤティ元外相も、「2時間にわたる極めて質の高い意見交換であり、過去に例がないほど内容が濃い会談だった」とほめたたえた。

 軍事面での関係深化に引っ張られる形で、イランロシア両国間の政治・外交面、またまだ規模は小さいが経済分野の協力関係も拡大してきている。さらに、トランプ大統領の登場(2017年1月)、米国の核合意からの一方的離脱(2018年5月)とイランに対する「最大限の圧力」政策の採用、ソレイマニ司令官の暗殺(2020年1月)と、否が応でもイランが「東方」(露中等)へ向かわざるを得ない状況が生まれている。

「強いロシア」はイランにとって朗報か?

 古い資料、1988年1月3日に初代最高指導者ホメイニ師がゴルバチョフ書記長に宛てた手紙(同師による唯一の外国首脳宛て書簡)を読み直してみた。その中で、ホメイニ師は、ソ連崩壊の3年前に共産主義の終焉を予見し、ソ連が西側世界の牢獄に囚われないようにと呼びかけていた。

 1991年12月、冷戦期に米国の向こうを張っていたソ連が崩壊。90年代の「弱いロシア」を経て、「強いプーチンロシア」が出現した。近年、とりわけ2014年のウクライナ危機をきっかけに、米国をはじめとする西側諸国との間に深い亀裂が入ったロシアが、自らの「ブロック」を形成して対抗姿勢を強めていることは、同じく米国と対峙しているイランにとって歓迎すべきものだろう。

 筆者は、かつて都内某所でのある政策シミュレーションで、24時間、「イランの最高指導者」を演じたことがある。その際の「ロシア」は、もちろん完全に信頼できるパートナーでは全くなかったが、それでも軍事分野や安保理などの国際場裡での協力において「頼りになる存在」であった。

 露中が主導する上海協力機構(SCO)への加盟も、西側からの圧力に対抗するために、そのシミュレーションで筆者が「指導」した「イラン」がとった策の一つであった(注5)

注5:現実世界においても、2021年9月、ロシアの支持もあり、イランにとり長年の懸案であったSCOへの正式加盟が合意された。

 実際、今次ロシアによるウクライナ侵略を受け、イラン指導層の中には、西側との対立激化により、「ロシアが、よりイラン側へすり寄ってくる」と期待する向きもあるようだ。

 果たして、先のザリーフ外相の発言にあるような、ロシアにとってイランは「対米カード」「都合の良い手駒」であった時代は過ぎ去ったのだろうか。「強いロシア」復活を目指すプーチン大統領は、米国と対峙することを躊躇しなくなったのだろうか。

シンクロするロシアの論理とイランの世界観

 ロシアの視点について、筆者には全く知見がないため、この機会に、かつてテヘランで一緒に仕事をしたロシア語の専門家、武田善憲氏の著書『ロシアの論理 復活した大国は何を目指すか』(2010年8月)や、小泉悠氏の寄稿「イラン司令官暗殺を非難するロシアの論理と心理」(2020年1月)などを読み漁った。

 唯一の超大国米国の覇権への対抗、一国主義の終焉と多極主義世界の追求、徹底的なリアリズム・実利主義、ある国家が主権を保持できるかどうかはその軍事力によって左右されるとの「力(軍事力)の論理」、「ロシア」の範囲は法的な国境線を超えて広がっているとの「勢力圏」の意識、そして、米国は世界各地で「戦争に見えない戦争」を仕掛けており、これにより自身(ロシア)の勢力圏が切り崩されているとの「陰謀論的世界観」と「被害者意識」等々。

 そこで語られる(ロシア側から見た)「論理」「ゲームのルール」「掟」は、驚くほどイランのそれと一致する。

 覇権主義の衰退と国際秩序の多極化への移行は、ライシ大統領が就任後初の外遊先、タジキスタンで開催されたSCO首脳会合(2021年9月)での演説の主要メッセージであったし、世界各地おける米国の陰謀論は、「米国は根本的にマフィア体制であり、世界中で危機を作り出している」などのように、先述のハメネイ最高指導者の演説(3月1日)の至る所に見られる世界観である。

 法的な国境線を超えた「勢力圏」についても、全世界の被抑圧者の解放を目指すイスラム革命の根幹ともいえる考えである。

同床異夢の先に

 イランの革命防衛隊は、実利主義、現実主義の組織である、と少なくとも筆者は捉えている。アフガニスタンにおけるタリバーンへの対応にも、イデオロギーの違いやかつての反目を捨て、「敵(米国)の敵は味方」という掟に沿った対応をしている。

 ロシアについても、歴史問題は棚上げし、武器・兵器の供給や原子力分野での協力を得られ、「大悪魔」(米国)に対して共闘できる同志として、接近することに利益を見出しているようである。

 そして、イランの政策決定において「メイダン・ハーケメ」(軍事が優先される)であるならば、革命防衛隊が選好するロシアとの関係深化は、少なくとも当面は揺るがない路線であろう。

 しかし、イランロシアが、中東の全体像において、中長期的に目指すところの違いについての指摘がある。

 つまり、イランは、「イスラム革命体制の護持」という目的のため、自国の安全保障の唯一の解として、中東地域の「覇権」確立を目指しているとされる一方、ロシアは、中東地域への影響力を維持し、「仲介者」として存在感を保つため、地域の「勢力均衡」を重視しているという指摘である。

 ロシアは、イラン核兵器国化には反対しており、イランが強大になり過ぎたり、中東地域に「核のドミノ」が発生したりして、地域が不安定化することは避けたいだろう。

イランとロシアの「強固な打算的結婚」

 筆者の悪友に言わせれば、イランロシアの関係は「強固な打算的結婚」なのだそうだ。過去のわだかまりや好き嫌いはいったん脇に置き、現下の国際情勢を生き抜くため、実利に基づいて、結束を強固にしているという意味で。

 そういえば、2021年1月に締結されたイランと中国との間の「25カ年包括的協力計画」について、ある対談で東京大学公共政策大学院教授の鈴木一人氏は、そもそも永遠のパートナーシップを誓うのではなく、25年間という時限付きの戦略協定である点がイラン側の中国に対する警戒感を示しており、「レンタル同盟国」とも言うべきものと論評。それに対して慶應義塾大学総合政策学部教授の田中浩一郎氏がシーア派における一時婚(スィーゲ)を想起させると指摘していた。

 ロシアとの関係でも、イランは目下、20年間の戦略協定を結ぼうとしていると言われる。これも、当面のパートナーとしての期限付きの「契約結婚」ということなのだろうか。

 冷戦のただ中、「東でもない、西でもない、イランイスラム共和制!」と、東西どちらの陣営にも属さないことを高らかに謳い、世界初のイスラム革命(1979年)を成就させたイラン。40年以上を経た現在、「ルック・イースト」を掲げて東方(ロシア、中国等)へと傾倒している。20年、25年の「結婚」の契約が切れる時、イランはどこへ向かっているだろうか。

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