難民の受け入れに消極的だった日本がウクライナからの避難民を積極的に受け入れている。ただし、あくまでも難民でなく、避難民。短期滞在が前提だ。

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 やっとの思いで日本にたどり着いた人々。居場所を失い、命からがらやってきた彼らに「ゆくゆくは帰ってください」というのはどういうおもてなしか。全く違う文化の国になんとか馴染んだ頃にまさかの「帰ってください」。行政だけでなく、私たちもまた、日本に生活基盤を持つ外国の人々を知らず知らずに疎外していないか。

 外国人にとって、日本が暮らしにくいのは文化や言葉の違いばかりではなく、私たちにいつまで経ってもこの「お客さん扱い」が抜けないせいではないだろうか。

「いつかお国へ帰るんでしょう?」

『マイスモールランド』は埼玉に住む17歳の高校生の女の子が主人公の物語だ。

 学校に通い、友だちとワイワイ過ごす、当たり前の日常を過ごしている。彼女の将来の夢は小学校の先生になること。成績は優秀で教師からは大学への推薦入学を勧められている。

 ただ進学のことはなかなか親に言い出せず、部活と偽り、放課後は学費を稼ぐため、家から離れた東京のコンビニでアルバイトをしている。

 普通の17歳。周りと違っているのはクルド人だということ。日本で育った彼女にコンビニの客が言う。

「とても言葉がお上手。外人さんとは思えない。いつかお国へ帰るんでしょう?」

 何気ない言葉が彼女を傷つける。帰る国はなく、思い入れも思い出もない。いったい、どこに行けというのか。彼女ははっきり答える。

「ずっとここにいたいと思います」

クルドの誇りは失わない

 彼女が親に内緒でバイトしていたのは負担になりたくなかったからだ。日本では難民としてほとんど認定されないクルドの人々。以前、ドキュメンタリー『東京クルド』でも紹介したが、多くの人が就職、進学といった普通の暮らしをあきらめ、不安定な立場で生活している。埼玉県には2000人ほどのコミュニティが存在していて、日本で生まれた者もいる。

 サーリャ一家はクルドからやってきた父親に従って、家のなかではクルドの祈りを捧げ、クルド料理を食べ、「クルド人としての誇りを失わないように」と言い聞かせられている。

 だが、幼い頃に連れてこられて以来、ずっと日本で暮らしているサーリャと妹、弟は普段は日本語で会話し、日本人のようにラーメンをすすって食べ、日本の文化に親しんでいる。

帰国すれば命の保証はないのに日本で認められない難民申請

 まだ幼い弟は同級生から「何人か」と聞かれて答えることができず、「宇宙人だ」と答えて、うそつき扱いされてしまう。クルドという国はない。クルドってどんなところなのだろう。弟は想像もつかない。父から「生まれたところにはたくさん、石があったんだよ。石はクルドも変わらない」と聞いた弟は石を拾い集める。

 サーリャもまた、小学生の頃から、友だちには「ドイツ人」と自分の出自を偽り続けていた。唯一、コンビニのバイト仲間である東京の高校生、聡太だけに自分がクルド人であるということを打ち明け、彼の態度が変わらなかったことにほっとする。

 ぎりぎりでも家族四人、幸せに暮らしていた彼らに試練が訪れる。難民申請が通らず、在留資格を取り上げられたのだ。仮放免となった彼らは働くことが禁じられ、健康保険証もなく、住んでいる県の外には出るには入管に申請して、許可を得なければならない。

 家が軍に焼かれ、デモに参加したら、刑務所に入れられ、拷問を受けた。国に帰れば、確実に逮捕され、命の保証はない。父親は「自分のどこが難民と認められないのか」と声を震わせ、訴える。だが、入国管理局の職員は義務的に受け流すだけだ。

 生活費のために危険を冒して働いていた父親はついに入管に収容される。一度、中に入ってしまうといつ出られるかわからない。何年も入ったままの人もいる。サーリャたちは子どもたちだけで生きていかなければならなかった。

 ところが聡太の身を案じる彼の母親の告げ口で、コンビニのバイトはクビ。ビザがなければ大学は受験できても、入学できない。教師になるというサーリャの目標も失われつつあった。

耳から離れない「ずっとここにいたいです」の言葉

 親は子を思うもの。聡太の母が苦渋の決断をしたようにサーリャの父もまた、子どもたちのために大きな犠牲を払おうとしていた。そこに日本人、クルド人の差はない。

 彼らは特別なことを求めただろうか。むしろ普通に暮らしたいと願っている。「クルド人だから。日本人じゃないから」と意識することなく、なんの不安を感じず、働いたり、学んだり、病気やけがをしたら、病院に行きたい。

 マイスモールランドとはサーリャの心のなかにある、どこでもないみんなが幸せに暮らせる小さな理想郷を意味するのだろう。私にはこの国の狭量さを指す言葉だと思わずにいられない。なんて小さな国なのかと。

 つい先日、コロナ渦のせいだと思いたいが、混雑するバスのなかで、外国人らしい外見の人に「帰ればいいのに」と悪態をついている人がいて、ショックを受けた。その人の国はどこなのだろう。もしかしたら彼の心にある国は日本かもしれない。

「ずっとここにいたいです」。サーリャの言葉が耳から離れない。国を追われ、帰りたくても帰れずに日本にやってきた人々、そして、これからやってくる人々。帰るか、帰らないかは彼らが決めること。決して、彼らの居場所が再び、奪われるようなことがあってはならない。

『マイスモールランド

5月6日(金)新宿ピカデリーほか全国公開

出演:嵐莉菜、奥平大兼、平泉成藤井隆、池脇千鶴、アラシ・カーフィザデー リリ・カーフィザデー リオン・カーフィザデー、韓英恵、サヘル・ローズほか
監督・脚本:川和田恵真  
主題歌:ROTH BART BARON 「N e w M o r n i n g」

企画:分福  制作プロダクション:AOI Pro. 

共同制作:NHK  FILM-IN-EVOLUTION(日仏共同制作)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会

製作:「マイスモールランド」製作委員会   
配給バンダイナムコアーツ   
©︎2022「マイスモールランド」製作委員会 

公式HP mysmallland.jp
公式twitter @mysmallland

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  収容か仮放免か「非正規滞在」在日クルド人が日本で見た絶望

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©︎2022「マイスモールランド」製作委員会  拡大画像表示