前々回、そして前回と、長周期パルス長周期地震動について取り上げたが、地震学や建築学の専門家らは、高層建築物を襲うもうひとつの脅威も指摘している。それは、湾岸エリアをはじめとする、液状化危険地帯に林立するタワーマンションなどを根元から倒壊させる「側方流動」の脅威だ。側方流動のメカニズムに詳しい地震工学の専門家が言う。

東京都区部のおよそ6割が震度6強以上の揺れに襲われる都心南部直下地震などでは、地下水位の高い砂地盤が地震動によって液体状になる液状化が起こります。ただし、高層建築物は支持層まで打ち込まれた基礎杭によって支えられていますから、液状化が起こっただけで倒壊することはないとされている。ところが、この液状化に『側方流動』が重ねて起こると、高層建築物が大きく傾いたり、最悪の場合、根元から倒壊したりすることが、近年の研究や実験で明らかになってきたのです」

 湾岸エリアに林立するタワーマンションがその典型例だといい、

「埋立地などに建つ高層建築物の表層地盤、つまり基礎杭を支える支持層の上の地盤は、矢板と呼ばれる仕切り版によって川や海などから隔てられ、守られています。ところが、この矢板護岸が強い地震動によって破壊されると、液状化した表層地盤が破壊箇所から川や海などに向かって勢いよく流れ出します。さらに、その勢いによって矢板護岸の破壊が進むと水平方向への側方流動が発生し、表層地盤に打ち込まれている基礎杭が損傷を受ける。この時、基礎杭の損傷がわずかであれば、高層建築物は傾くだけで済みますが、損傷が甚大であれば、根元から倒壊してしまうことがわかってきたのです」(前出・地震工学の専門家)

 ところが今回の新被害想定によれば、最大被害が見込まれている都心南部直下地震でさえ、液状化による都内の全壊棟数はわずか1549棟。しかも、側方流動の脅威やメカニズムについては、ひと言も触れられていないのだ。前出の専門家が続ける。

「当然、1549棟という液状化による全壊棟数の想定には、側方流動による高層建築物の倒壊は含まれていません。また、側方流動は一般のビルや住宅も崩壊させますから、この数字は過少も過少と言わざるを得ないのです」

(森省歩)

ジャーナリスト、ノンフィクション作家。1961年北海道生まれ。慶應義塾大学文学部卒。出版社勤務後、1992年に独立。月刊誌や週刊誌を中心に政治、経済、社会など幅広いテーマで記事を発表しているが、2012年の大腸ガン手術後は、医療記事も精力的に手がけている。著書は「田中角栄に消えた闇ガネ」(講談社)、「鳩山由紀夫と鳩山家四代」(中公新書ラクレ)、「ドキュメント自殺」(KKベストセラーズ)など。

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