2022年10月11日に裁判所において非公開で行われた「弁論準備手続」において、被告・国側の担当者である防衛相の職員が、手続の一部始終を録音していたことが発覚しました。録音は常態的に行われていた可能性があるとのことで、これが「盗聴」にあたると批判されています。今回の件は何が問題なのでしょうか。弁論準備手続の概要に触れながら解説します。

民事裁判の「弁論準備手続」とは?

弁論準備手続は、民事裁判で、「争点」と「証拠」を整理するための手続であり、原則として非公開で行われる決まりになっています(民事訴訟法168条以下)。

裁判は、当事者が法廷に出頭し、裁判所の面前で、かつ、公開で行われるのが原則です(憲法82条)。これは、裁判が公平・公正に行われることを担保するためです。

裁判所へ行くと、誰でも、どの法廷でどのような事件の裁判を行っているのか確認することができ、かつ、それらを傍聴することができます。

しかし、この原則は絶対ではありません。

場合によっては、公開の原則を厳格に貫くと不都合なことがあります。

そこで、法令上、様々な例外が定められています。弁論準備手続はそれらの一つです。

弁論準備手続は、本格的な公開審理(口頭弁論)の前段階において、争点・証拠を整理するための方法として定められています。

裁判の遅延・長期化を防ぐために、2003年(平成15年)の法改正の際に導入されたものです。

本番である口頭弁論を行う前提として、あらかじめ争点・証拠を整理しておくことにより、口頭弁論が無駄なくスムーズに進むのに役立ちます。

弁論準備手続を行うかどうかは、ケースバイケースで、裁判所が当事者の意見を聞いたうえで判断します。

そして、弁論準備手続を無駄にしないために、あとで新しい争点・証拠を持ち出した当事者に対してはペナルティが課されることになっています。

すなわち、もし、口頭弁論が始まったあとで、当事者が新しい争点・証拠を持ち出した場合、その当事者は弁論準備手続でそれらの主張・立証ができなかった理由を説明しなければなりません。

また、場合によっては「時期に後れた(おくれた)攻撃防御方法」として却下されることがあります(民事訴訟法156条)。

弁論準備手続が「非公開」とされている理由

弁論準備手続は原則として非公開であり、双方の当事者と訴訟代理人弁護士のほかは、裁判所が認めた人以外は傍聴することができません。

また、裁判官は、場合によっては、片方の当事者を一時的に退室させて、他方の当事者とだけ話すこともできます。

その理由は以下の通りです。

・当事者が萎縮せず率直に本音を自由に言い合えるようにする必要がある

・やりとりのなかでプライバシーや営業秘密にかかわる情報が出てくる可能性がある

弁論準備手続でのやりとりの内容が第三者に知られたり、秘密にしたい情報を反対当事者に知られたりする可能性があると、当事者は、率直に本音を話したり、重要な事実に関する話をしたりできません。

だからこそ、非公開と決めたからには、そのやりとりが漏れる可能性があってはならないのです。

原告側代理人・笠置裕亮弁護士の記者会見によれば、今回の件で、録音されていたのは弁論準備手続の一部始終であり、被告である国側の担当者が退席している間に行われた、原告側と裁判所のやりとりも含まれていました。

原告側は、被告側の担当者がいないからこそ、安心して話せることがあります。しかも、いったん秘密裏に録音が行われてしまえば、それを第三者が聞くことを防ぐのは物理的に不可能です。

国側の担当者は、録音データを内々の打ち合わせでしか利用していないと弁明しているとのことですが、その弁明は通用しないのです。

今回の件は、誰にとっても決して他人事ではありません。なぜなら、民事裁判のもろもろの手続はすべての人が利用する可能性があるからです。

たとえば、プライバシーや営業上の秘密にかかわる事項に関し、他者との間に民事紛争が起き、やむなく裁判制度を利用しなければならない事態は、誰にでも起こりえます。

今回のようなことが起き、録音データが当事者以外の第三者の手に渡るようなことがあれば、取り返しがつかない事態になるおそれがあります。

民事裁判手続に臨む関係者に法令を遵守する態度が厳しく求められるのは当然ですが、同時に、当事者ではない私たちも、日ごろから、制度の趣旨がないがしろにされないよう、このような事態に敏感になり、チェックしていく必要があるといえます。

(※画像はイメージです/PIXTA)