祖父に四世坂田藤十郎、父に中村扇雀をもつ中村虎之介1998年生まれ。2022年はコクーン歌舞伎第十八弾『天日坊』の北条時貞、八月納涼歌舞伎では『新選組』の沖田総司宮藤官九郎の新作歌舞伎唐茄子屋 不思議国之若旦那』で眠善治郎など、話題の新作歌舞伎でインパクトを残してきた。その一方では10代の頃よりストリートカルチャーに関心をもち、NIGO®がアートディレクションするHUMANMADEとadidasのコラボラインでビジュアルに起用されるなど、独自の路線で活躍の幅を広げている。10月、11月の期間限定で浅草寺境内に建てられた芝居小屋、平成中村座では、古典歌舞伎の重要な役にも挑戦。虎之介に古典の大役、役へのアプローチ、上方歌舞伎への思いについて話を聞いた。


 

■THE歌舞伎!がつまった『寿曽我対面』

——平成中村座の雰囲気をお聞かせください。

いつも通り最高の平成中村座です! ただ今月は、僕が出ていない演目があります。ここにいて舞台に出られない時間があるなんて罰ゲームみたいで。ずっと舞台にいたい、と思いながら過ごしています。

——11月は『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん。以下、対面)』『唐茄子屋(とうなすや)』『乗合船恵方萬歳(のりあいぶねえほうまんざい)』の3作に出演されています。

『対面』の小林朝比奈は初役です。過去に2度、八幡役で出たことがあり、舞台の雰囲気は分かっているつもりでした。でも、これまでは朝比奈工藤祐経も、曽我五郎も曽我十郎も先輩方がなさっていたので、できあがった『対面』に入れていただく感覚。今回は橋之助さんの工藤、福之助さんの五郎、歌之助さんの十郎で、僕の朝比奈です。同世代の若手で作り上げていくので重みが違います。

——朝比奈は、五郎と十郎を見守る大事な役どころです。

他の役と空気感が違い、一際目立つ役でもあります。平成中村座の名古屋公演(2017年6月)で中村勘九郎おにいさん朝比奈をやられたのを見て以来、憧れていました。でも自分がいつかやらせていただくとしたら、父や祖父もつとめた十郎になるだろうと思っていたんです。ですから今回、朝比奈のお役をいただいた時は、驚きましたしうれしかったです。

『寿曽我対面』小林朝比奈役の中村虎之介

『寿曽我対面』小林朝比奈役の中村虎之介

——同世代のご友人を『対面』にお誘いするならどんな言葉で?

まず内容がとても分かりやすい。お正月に、ある兄弟が父親を殺した相手のところへ敵討ちにくる。それだけの話の中に、歌舞伎の見得やすべての基礎、人物の感情も詰め込まれていて見栄えもいい。野球でいう「走攻守」が揃ったお芝居だと思います。THE歌舞伎!が詰まった作品だよ、おすすめだよ! と言いたいです。

——『唐茄子屋』は、宮藤官九郎さんの新作歌舞伎です。落語と『不思議の国のアリス』がミックスされた世界観で、ネタバレをさけるため詳しくは紹介できませんが、虎之介さんは眠善治郎という大変インパクトのあるお役です。お気に入りのシーンはありますか?

やっぱり若旦那と大工の熊が出会うシーン。最高ですよね!

——若旦那は勘九郎さん、熊は10月が中村獅童さんで11月は中村橋之助さんです。どちらの熊も、客席を巻き込んで盛り上げています!

獅童さん、出番前は「緊張する」なんておっしゃっていたんです。それが舞台に出た途端、あれだけ自由にお芝居をされて去り際に「お前さんの立派になった姿ぁ、楽しみにしてるぜい?」なんてアドリブまで。宮藤さんの書かれた台本にはない台詞だと、あとから気づいて爆笑しました。今月の橋之助さんの熊は、すっきりとした江戸っ子らしい棟梁ですよね。再演の時は、僕にも大工の熊をやらせていただきたいです!

——『乗合船恵方萬歳』は、古典の常磐津舞踊です。

僕は若旦那役です。今回の平成中村座は、若旦那が多いんです。(坂東)新悟のおにいさんは、先月なんか2役若旦那をされていますし、『唐茄子屋』には勘九郎のおにいさん若旦那の他にミニ若旦那もいる。楽屋で若旦那渋滞がおきています(笑)。
 

平成中村座は成長できる場所

——思えば10月は大変なご活躍でした。第一部と第二部を通し、上演4作品のすべてに出演されていましたね。

4作に出ること自体は、大変だと思いません。『双蝶々曲輪日記 角力場』の放駒が終わったらすぐ次の役。終わったら次の役。終わったら次の役。役のことだけを考えて一日一日が一瞬でした。体力的には辛くても、最近はその状態が幸せだなと思えるようになりました。

『唐茄子屋 不思議国之若旦那』眠善治郎役の中村虎之介。夢に出てきそうな忘れられない存在感!

唐茄子屋 不思議国之若旦那』眠善治郎役の中村虎之介。夢に出てきそうな忘れられない存在感!

——放駒は、大きな役ですね。力士の濡髪に勝った時の、弾けんばかりの喜びようが印象的でした。

勘九郎のおにいさんのすすめもあり、松本幸四郎さんに教えていただきました。歌舞伎では、脚を太く見せるために着肉(の中に綿を入れるなど)で厚みを出すことがあります。僕は脚が細いのですが、幸四郎さんのすすめもあり、それはしないことにしました。かわりに体重を52キロから62キロまで増やしたところ、顔も少し大きくなって。舞台稽古には(幸四郎の父・松本)白鸚さんが来てくださり、「自分の若い頃を思い出しました。とてもいい『角力場』でしたよ」と。とても嬉しかったです!

——充実した時間を過ごされているようですね。

与えられた役が大きくなると、僕にも役者としての大きさがなくては釣り合いがとれなくなります。どうしたらいいか、役のことばかり考えて。大きな役だからこその充実感があります。平成中村座は、中学生だった僕が最初で最後に中村勘三郎さんと同じ舞台に立たせていただき、歌舞伎役者になると決めた場所です。ここは僕にとって成長できる場所なのだと再確認しました。

『綾の鼓』三郎次役の中村虎之介

『綾の鼓』三郎次役の中村虎之介

 ——『綾の鼓』でも、扇雀さんとともに、主役と言える重要な役をつとめられました。このところのご活躍について、皆さんの反応はいかがですか?

それが……10月は4演目すべてに出ていたのに、皆さんからは「そういう感じがしない」って(笑)。他の方、たとえば鶴松さんが全演目に出ていたら「今月あいつは大変だから、そっとしておこうな」と気づかう空気になったと思うのですが、僕だとそれがない。歌舞伎以外の知人からも「忙しそうにみえない」「そもそも歌舞伎役者に見えない」って。でも、ちょっと待って? 今月、俺はすごい歌舞伎がんばってるぞ? けっこう大変なんだぞ? と思うんです。自分なりに意識を高くもって歌舞伎に取り組んでいるつもりなのに。僕、なんか損していませんか? 

——虎之介さんの明るい雰囲気がそうさせるのかもしれません(笑)。

鶴松さんからも言われました、「虎ちゃんは、いつも明るくて緊張もしないしメンタル強くていいね」って。でも僕もそんなに強くはないと思うんです。怒られたらすごく落ち込みますし結構引きずります。

——緊張はされますか?

します。でも、楽しむことの方が大事だと思うから。

『双蝶々曲輪日記 角力場』放駒長吉役の中村虎之介

『双蝶々曲輪日記 角力場』放駒長吉役の中村虎之介

——楽しむのは、役者として?

役者というより、役として。放駒なら、舞台に出る前から僕は田舎者の米屋の丁稚です。アマチュアの自分が力士の濡髪に勝った。ああ~! めちゃくちゃ嬉しいな! ナリも立派になった、刀も持たせてもらえた! 最高の気分だぜ!  と思ったら、何か変なことを言ってくる奴がいるぞ? ……と役の感情しかありません。そこは自然とそうなります。
 

■感情から入り、型におさめる

——歌舞伎俳優の中には、型のない新作歌舞伎のお芝居に戸惑う方もいると聞きます。虎之介さんはいかがでしょうか。

僕の場合、新作は肌に合っている気がします。父にも言われるのですが、僕は型よりも感情から役に入るほうなので。歌舞伎以外のカルチャーにもたくさん触れてきた影響もあるかもしれません。

——中学生の頃には洋楽を聴いていたそうですね。

そこからジャスティン・ビーバーを好きになり、ジャスティンが着る服を調べるうちにファッションに興味をもち、裏原宿のショップで働いていたくらいハマりました。今でもHUMAN MADEさんのお手伝いをしています。そういった環境にもいるからか、一概に「型だから」とか「歌舞伎はそういうものだから」とせず「もし外国の人が見たら、どう思うだろう」などをまず考えるんです。『対面』なら、あの2人は何をしにきたの? と疑問がわく。あっちにいる奴が親父を殺した。だから弟はすぐにでも仇を討ちたい。でも兄はそれを止めている。まず気持ちから役に入るので、新作でも古典でも抵抗ありません。

——型のある古典の役には、どうアプローチされていますか?

勘三郎さんをはじめ、すてきな先輩方は皆さん型を完ぺきにされた上で、役の感情を大切にされてきたと思うんです。僕も“入り”は感情からですが、型を大切にしないわけではありません。舞台に上がるまでに、稽古で型にいれていきます。幸四郎さんにも、僕が感情から作った放駒に対して「そこはこう、ここはこう」と教えていただき、型とすり合わせていく感じでした。

——どなたかのアドバイスによるものなのでしょうか。

自然に、ですね。台本をいただいたら、読んで、その人の心情を考えて、自分に憑依させて提出する。

——天性、ですね。

オフレコでお答えするなら……そういうことになりますね(虎之介さんの、あえての真顔に一同笑)。
 

■芸はゆっくり、この1つだけ

——扇雀さんは、どのようなお父さまですか?

『綾の鼓』 秋篠役の中村扇雀、三郎次役の中村虎之介。絵巻物のような世界観をみせた。

『綾の鼓』 秋篠役の中村扇雀、三郎次役の中村虎之介。絵巻物のような世界観をみせた。

父は、僕のことを誰よりも分かってくれている、一番近くにいる存在です。勘三郎さんを目標にしていることも理解してくれています。高校生の頃はとても厳しかったのですが、最近は僕の言葉も聞いてくれ、芝居のあとは同じ車で喋りながら帰ります。相談すればアドバイスもくれますが、ふだんは勘九郎や七之助のおにいさんたちが色々言ってくださるので、父からは、あえてあまり言わず、見守ってくれているようです。

——坂田藤十郎さんは、上方歌舞伎の第一人者でした。印象にのこっている言葉はありますか?

「芸はゆっくり」。祖父から歌舞伎のことで直接いただけた言葉は、この1つだけなんです。芸はゆっくり学べばいい、と言いながら、祖父は19歳で『曽根崎心中』をやっています。そのスピード感を「ゆっくり」と言うのだとしたら、僕はついていけそうにありません(笑)。

2022年の平成中村座は浅草寺のすぐ裏。

2022年の平成中村座は浅草寺のすぐ裏。

従兄の壱太郎さんは、祖父から直接役を習う機会を持たれていました。僕はそれができませんでしたが、祖父の姿はみていました。一番上になってからも、人がくればお弟子さんでも誰にでも、ふり向いて「おはよう」と言う。「ありがとう」も伝える。歌舞伎役者の坂田藤十郎は“自分命”“自分こそがスター!”という人でしたが、楽屋の祖父は最高の人で、その人間性に憧れます。亡くなって2年、最近になりもっと色々と教えてもらっておけば、と思うことが増えきました。この先、どんどん思うようになっていくのだと思います。

会場には寄せ書きのボードが用意されています。

会場には寄せ書きのボードが用意されています。

——上方歌舞伎にも特別な思いが?

上方歌舞伎の役者が少なくなっています。この先『曽根崎心中』をやれる家がどれだけあるだろう。うちくらいになってしまうのでは? と思うほどです。上方歌舞伎では、たとえば『対面』の十郎も襟を抜きません。上方の役者なら、襟を抜かなくても色気が出るから、という理由。そのような空気を大事にしていきたい。父は東京育ちですが、上方のナリや居方を意識しています。僕も東京出身なのでとても難しくはありますが、壱太郎さんと一緒に上方の空気を残していける役者を目指したいです。

——先ほど「意識を高く持っている」とおっしゃっていましたが、虎之介さんは様々な方向に意識を向けているのですね。

僕よりもずっと意識が高くて勉強熱心な方はいくらでもいます。僕も、歌舞伎に対して意識を高く持ちたいと思ってはいますが、熱心になるところが皆と同じとは限りません。自分なりの感性で、自分でいられることを大事にしていけたらと思っています。

虎之介が出演する『平成中村座 十一月歌舞伎』は、11月27日(日)まで。その後2022年12月4日(日)から25日(日)まで、京都南座『吉例顔見世興行』に出演する。
 

取材・文・撮影:塚田史香

中村虎之介