「ゼロコロナ」政策って何だったのか
新型コロナウイルスの感染を厳しい行動制限で抑え込もうとする中国・習近平国家主席の「ゼロコロナ」政策への抗議活動が広がり、対応に苦慮している。
若者たちが白紙のカードを掲げて抗議の意思を示すことへの共感が一般市民の間で広がる中、デモの再発を阻止しようと、中央・地方政府が各地で警備態勢を強化している。
習近平氏は、警察・司法を統括する共産党中央政法委員会トップの陳文清*1氏(62)に「敵対勢力の取り締まり」を指示した。
*1=陳文清氏は習近平氏が総書記(国家主席)就任した2012年から中央規律検査委員会副書記として習近平氏の「反腐敗闘争」を支え、2016年から国家安全相を務めた。2022年11月の党大会後にトップ24人の政治局員に昇格した。まさに習近平氏にとっての「敵対勢力」を鎮圧・粉砕する懐刀だ。
抗議デモの背後に「外部からの敵対勢力」がいるとの中国共産党のいつもながらの思考回路なのだろうが、今回は間違っていない。
「ゼロコロナ」政策に反旗を翻した若者たちを唆(そそのか)したのはサッカーの「ワールドカップ」だったからだ。
そう指摘するのは、中国のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)に精通している、米ブルームバーグのオピニオン・コラムニストのロウ・デ・ウェイ氏だ。
11月10日にカタールで開幕した国際サッカー連盟(FIFA)の「ワールドカップ」。
2021年の夏季東京五輪、2022年の冬季北京五輪以後、パンデミックの中で開かれる初の大規模な国際スポーツ大会だ。
東京、北京ともに極端な観衆制限(ある時は完全な観衆ゼロ)で行われ、出場選手の行動範囲も厳しく規制された。
それ以来のスポーツの祭典だ。しかも中東での初めてのワールドカップだ。
パンデミックはまだ収まったわけではない。にもかかわらず、ワールドカップは新型コロナ発生以前の時と全く同じような環境下で行われている。
全世界から予選トーナメントを勝ち抜いた強豪チームが集まった。熱戦の模様は中国全土でテレビ中継されている。
信じられないかもしれないが、今回出場はできなかった中国のサッカー人口は「2616万6335人」(FIFA公式サイト)。世界最大だ。
中国の若者たちも連日、テレビに釘付けされている。また試合経過をネットでチェックしている。
アジア代表の日本がドイツを破った時は、飛び上がって喜んだという。デ・ウェイン氏はこう書く。
「ところが国営放送の中国中央電視台(CCTV)テレビで開会式を観た中国の若者は愕然とした」
「観衆は一人としてマスクをしていない。ソーシャルディスタンスも守っていない。こりゃなんだ、ということになった」
「本来なら、海外で行われているスポーツ・イベントをCCTVが中継するときには、30秒時間をずらして、その30秒の間に検閲して流す。好ましからざる映像はブロックする」
「ところが今回は手抜かりがあった。マスクなしの観衆を捉えた映像をノーチェックで流してしまったのだ」
「その後、CCTVは極力(完全にといった方がいいかもしれない)、観客やサポーターの映像はシャットアウト」
「選手やベンチの控え選手やコーチをクローズアップするようになった。国営テレビは中国共産党直営報道機関である」
「中国国民が習近平氏のゼロコロナ政策に少しでも疑問を抱くような映像や情報はご法度だった」
直ちに反応が現れた。
これを見た若者たちは「TikTok」「微博」「微信」といったSNS上に皮肉っぽい投稿が流れだした。
「観客は全くマスクなしじゃないか。どうしてなのだ」
「カタールはマスクが足りないほど貧しい国なのか」
「中国では、マスクなしでは死ぬと言われてきたのに、こりゃどうしたことか」
「どうやら、われわれと異なる地球上で、みなさんサッカーをお楽しみのようで」
SNS上のやり取りは、共産一党独裁の網の目を逃れて、若者たちが語り合える(少なくとも当局が見つけてブロックするまでの間は)聖域だ。
皮肉っぽいコメントには、何十日から何百日もロックダウンされ、外出が厳しく規制されている若者たちの憤りが込められていたのだ。
SNSでは、習近平氏を発音が同じことから「香蕉皮」(Banana peel)と書き、「辞任」を「蝦苔」(Shrimp Moss)と表記するといった具合だ。こういった「隠語」で当局の追及を避けているのである。
(https://www.nytimes.com/2022/11/30/opinion/china-covid-protests-xi-jinping.html)
馬鹿とSNSは使いようという論理
ブルームバーグの別のオピニオンコラムニスト、パーミー・オルソン氏は言論統制が厳しい国でのSNSの役割についてこう指摘している。
「フェイスブック、ツイッター、微信といったSNSにはいろいろ問題が多い。だが民主主義の価値観が脅かされている最中、これらSNSが果たしている役割は極めて重要だ」
「今、中国やイランで起こっている民衆の抗議デモはSNSなしでは考えられない。抑圧しようとする当局もSNSの速度と拡散力についていけない」
「ゼロコロナ政策で身動きできなくなった市民の声なき声がSNSを通じて拡散され、それが世界の隅々まで知れ渡る」
「いったい、誰がこんな現象が起こることを想像しただろうか。その意味では2022年という年は歴史に残る年になるだろう」
「ゼロコロナ」政策を進める中国政府は、11月11日に防疫規制の一部緩和を発表したことはした。
だが、その直後から感染が急増。各地方政府は事実上のロックダウンなど厳格な防疫態勢を再導入したものの感染は焼け石に水といった状況が続いている。
バイデン氏は抗議デモを支持?不支持?
バイデン政権の反応もどこかちぐはぐだ。
ジョン・カービー国家安全保障会議(NSC)報道担当官は11月28日、声明を出した。
「米国を含む世界各地で誰もが平和的に抗議する権利を、われわれは長年にわたり主張してきた。これには中国も含まれる」
「中国政府が『ゼロコロナ』政策を通じ、新型コロナを封じ込めることは非常に困難だ」
「米国は、ゼロコロナ政策を採用せず、ワクチン接種率の向上やより簡単に検査や治療を受けられる環境を整えることを目指す」
若者たちの抗議デモを支持する姿勢を鮮明にした。
ところが11月29日にはカリーヌ・ジャン=ピエール大統領報道官はこう述べた。
「われわれはいかなる(外国の)国民も恐れなく抗議する権利があることを明確にしてきた」
「だが、コロナ対策としてロックダウンを実施していることに対して、中国の市民が抗議していることについて支持したり、支援することには一切コメントしない」
バイデン氏はつい先頃、習近平氏と対面首脳会談をしたばかり。席上、台湾問題で「レッドライン」(越えてはならない一線)を越えない点で合意した。
日程は決まっていないが、アントニー・ブリンケン国務長官が中国を訪問することになっている。
長引けば習近平政権にとっては厄介なことになる。図りに図って史上初の第3期国家主席に就任したばかりの習近平氏にとっては、最初の難題を迎えたことになる。
共和党系シンクタンク、国際共和党研究所(IRI)の中国専門家、マット・シュレーダー氏はこう見ている。
「中国で起こっている抗議デモが大事に至るとは思わない。これで習近平政権がぐらつくことはないだろう」
「おそらく外敵に唆されたデモだと押し通し、共産党一党独裁に対する不満などではないと突っぱねる。実態はどうなろうとも、ゼロコロナ政策の旗を降ろしはしないだろう」
ワールドカップは12月18日まで続く。今後2週間余り、若者たちの抗議デモはさらに拡大するのか。
「マスクなしワールドカップ」は習近平氏にとってはまさに藪から棒の出来事だった。
ゼロコロナ政策を事実上、堅持しつつ、抗議デモを穏やかに鎮静化させられるか、ここは、ご用人・陳文清氏の腕の見せ所になってきた。
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