不動産購入は節税対策の常套手段です。しかし、注意深く実行しなければ、税務調査で指摘を受ける可能性もあるため、十分注意が必要と、税理士の伊藤俊一氏はいいます。本記事では、同氏による著書『税務署を納得させるエビデンス 決定的証拠の集め方』シリーズ(ぎょうせい)から、事例をもとに税務調査で不利に働く証拠について解説します。

納税者側が不利になる致命的な資料

Q

税務調査において納税者側が圧倒的に不利になる致命的な資料について教えてください。

A

裁判例における当局側の提出した証拠が参考になります。「経済的合理性<節税目的」が全面に打ち出されている資料が証拠となったとき原則として納税者の主張は一切通りません。

「経済的合理性<節税目的」とみなされた事例

代表的なものとしてここでは2例挙げておきます。いずれも意図的に有名な事案をもとにしています。

1. 節税目的の不動産購入を行った事例

(1)土地建物の評価/節税目的で取得した不動産における評価通達6の適用の是非

最高裁判所(第三小法廷)令和2年(行ヒ)第283相続税更正処分等取消請求事件(棄却)(確定)令和4年4月19日判決(TAINSコードZ888-2406)

(一部抜粋、地裁)

(イ)本件乙不動産は、本件被相続人が、平成21年12月25日付けで、売主である株式会社Mから総額5億5,000万円で購入したものであった(以下、同購入額を「本件乙不動産購入額」といい、本件甲不動産購入額及び本件乙不動産売却額と総称して「本件各取引額」という。)。

なお、本件被相続人は、同月21日付けで、訴外Eから4,700万円を借り入れた。また、本件被相続人は、同月25日付けでK信託銀行から3億7,800万円を借り入れており(当該借入れについてG、訴外E、原告A及び訴外Fが連帯保証をした。)、

同銀行がその際に作成した貸出稟議書(乙14)の採上理由欄には「相続対策のため本年1月に630百万円の富裕層ローンを実行し不動産購入。前回と同じく相続税対策を目的として第2期の収益物件購入を計画。購入資金につき、借入の依頼があったもの。」との記載がある。(※下線筆者)

上記の稟議書は金融機関への反面調査ですぐに発覚します。また、金融機関は相続対策や事業承継対策で提案書を持参することが多々ありますが、ほとんどの資料が節税効果を打ち出した資料になっており、経済的合理性(※1)、なぜ、その取引をその時に、実行する必要性があったかという、いわゆる理論武装やストーリーを用意してきません。必ず用意させることが必要です(※2)。

※1 タックスプランニングに係るスキーム提案について

金取引による消費税還付スキームが税制改正前に否認された事例として最も有名なのは、平成29年8月21日裁決であろう。

審判所の判断において「加えて、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、〇〇は、本件課税期間の消費税等などについての請求人の税務代理人である税理士が全額を出資して設立された法人で、同税理士が唯一の代表社員であったこと、同税理士は不動産投資に係る消費税還付等の不動産投資に関わる税務を専門的に扱っていることが認められ、

これらの事情も併せ考慮すると、〇〇の設立以後の一連の経過は、請求人について、本件支払対価に係る消費税額等の額の大部分の還付を受けるために、本件課税期間に課税事業者とした上で、簡易課税制度の適用により消費税法第33条第1項、第3項による調整を免れさせるべく計画的に行われたものと認められる」とある。

事実認定の過程でその背後にいる税務代理人の商売上の属性にまで言及するのは、筆者はやりすぎであると考えている。納税者そしてその代理人が節税でも租税回避でも税コストを抑えるために何かしらの経済的合理性がある取引を起こすのは必然である。

一方で、明らかに心証が、税目的>経済的合理性になっている場合、それは逆転する。当該裁決に限定されないが、ジャッジ(審判官でも裁判官でも)ありきで事実認定する。

上記の裁決をもって会計事務所の宣伝文句として「節税~」を謳うのは、事実認定において勘案される恐れがあり不利になるから、会計事務所にとって危険との見解も見受けられるが、それはない。節税はどこの会計事務所も行っている。租税回避と結果として認定される恐れがあるスキームも策定する事務所もあるだろう。

しかし、それが経済的合理性>税目的の関係性が成立していれば、問題はない。この事案のような汎用スキームについては、消費税還付の目的以外「全く」なかった、結果論であるかもしれないが、事実認定においてそれを強調するのに「会計事務所の宣伝文句を利用した」程度と考える。

会計事務所がタックスプランニング、スキームを提示する場合に留意すべきポイントは、当該提案書はあくまで経済的合理性があったものとしてエビデンスを残すことである。税目的>経済的合理性での認定は客観的事実に基づく。租税回避の主観など認定できないからである。

そういった意味で、上掲の消費税還付のような、まさにネットで一次情報が入手できるようなタックスプランニングはすでに最適な税効果を出現するためのスキームとは言えず、汎用スキームになっている時点で、その役割を終えている。汎用スキームとよばれるものを実行する場合には、税制改正の前段階で、随時、上掲のような裁決や裁判例の逐一チェックが必要となる。

※2

租税法が過剰な心配をするとしたら、金融機関が「純然たる第三者」「課税上弊害がない場合に限り」に該当するかどうかである。

この点、金融機関について「当該売買取引と同時期に取引銀行に対して譲渡した同株式の取引価格は、取引上の見返りに対する銀行側の期待が株価の決定に影響した可能性が十分にあるとして、客観的価額とは認められない」旨の判決もある(東京地裁平成17年10月12日判決)。

当該裁判例からは「純然たる第三者」に該当しない。しかし、本事例は金融機関が積極的に原告の相続・事業承継スキームに関わっていたことが勘案され、この結論に至った。筆者は上記裁判例は個別事例と考えている。

2. 節税目的の吸収合併を行った事例

TPR事件/特定資本関係5年超要件を満たす合併における法法132条の2の適用

東京高等裁判所令和元年(行コ)第198号法人税更正処分等取消請求控訴事件(棄却)(上告及び上告受理申立て)令和元年12月11日判決(TAINSコードZ269-13354)

(一部抜粋、地裁)

(カ)

小括

以上のとおり、原告は、経理部から吸収合併スキームが提案された時点においても、旧B社の有する未処理欠損金額の全てを原告に引き継ぐという税負担減少を主たる目的として本件合併を企図したものである上、その後、新B社の概要を決定する段階からは、旧B社の有する未処理欠損金額の全てを原告が利用するという税負担減少のみを目的として本件合併を行ったことが明らか(※下線筆者)であり、

原告が本件合併の目的として主張する旧B社の損益改善は、本件単価変更を行わなければ達成できなかったものである。また、原告が本件合併のもう一つの正当な事業目的として主張する本件事業の管理体制の強化についても、本件合併を行わずとも旧B社の行う事業を予算会議の審議の対象とすることにより達成することは可能であった。

加えて、行為の不自然性の程度との比較の観点からみても、本件合併の合理性を説明するに足りるだけの事業目的等が存在するとは認められないことからすれば、本件において、税負担を減少させること以外に原告が本件合併を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事情があったとは認められない。(※下線筆者)

内部証拠は納税者の主張となりますから、有利な方向で働くのはよいですが、上記のように内部会議録等々であからさまに税負担軽減目的とあれば、当局の心証は必然的に悪くなります。本件では、結果として納税者の主張が税負担軽減と捉えられたともいえ、内部証拠の記載や保全には十分な留意が必要であることがわかります。

経済的合理性の例

金融機関提案の場合、金融機関に考えさせるほうがよいです。ご自身でプランニングする方は上場企業のプレスリリースを参照にしたり、下記のような国税資料をもとに作成したりと、いわゆる土台を用意して、当該案件に沿った流れにすると作成しやすいです。

(例)経済的合理性の例

「2 株式交換の目的等(※3)

H2Oリテイリング及びイズミヤは、少子高齢化に伴う消費活力の減退、ネット通販の拡大を中心とする購買スタイルの変化等、顧客の消費動向が急速に変化するなか、市場シェアの確保、様々なニーズの変化を確実に捉える商品・売場・販売チャネルの提供により、顧客からの支持をより強固なものとすることが急務であると認識しており、

本件株式交換は、共通の理念を持つ両社が、関西圏という地域の中で多様な業種業態、取扱商品群を揃えた総合小売サービス業グループを構築することを目的として行うものです。

本件株式交換による経営統合後は、両社の保有するポイントサービス制度を共通化して新しい顧客還元サービスを構築するほか、相互の人事交流を積極的に図りつつ、両社グループの多様な店舗網による情報収集力をもとにした商品開発や物流機能の相互活用などにより、総合小売業グループ全体として強固な体制を構築することを目指しています。」

各取引、特に金額的に重要な取引、後々事実認定ベースになりそうな取引においては、このような証拠を文書化しておくことが必須といえます。

※3:大阪国税局文書回答事例「別紙持株会社を株式交換完全親法人とする株式交換における事業関連性の判定について」より抜粋。

(参考)

本稿脱稿時点で、「タワマン節税是正検討、評価額を適正水準に政府与党」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQUA287CC0Y2A121C2000000/)という報道があります。

伊藤 俊一

税理士