●連載:令和の無駄学~僕らにはもっと無駄が必要だ~

【画像】歯磨き粉=ミント味のワケ

合理的で効率化が求められる社会。どんどん便利になる社会。何不自由なく生きられる社会。しかし、それと逆行するように人々の幸福度は下がっている。

もっと豊かで人間らしい暮らしを得るには、時間的な余白や、一見どうでもいいような機能、生活必需品ではないものの購入など、いうなれば「無駄」が必要なのである。無駄こそ心にゆとりをもたらし、無駄こそ周囲へのやさしさにつながる。真の豊かさを求める上での最強の武器である「無駄」について、社会を解剖していく。

 みなさん、最近無駄話をしていますか?

 会社の行き帰り、目的もなくふらりと寄り道していますか? スケジュール表で、何もしない時間をブロックしていますか? うまくいくか分からないけれど、面白そうだから、楽しそうだからという内的動機に振り切った企画を実現する機会はありますか?

 いつからでしょうか? そういう無駄なことをするのが悪者になってしまったのは。

 筆者が所属する博報堂ヒット習慣メーカーズでは、これらの「無駄」こそ今の社会に必要なものだと考えています。無駄こそが真の豊かさを求める上で最強の武器になると思うのです。

 今回は、私たちがなぜ今「無駄」が必要だと思うのかをお話ししていきます。

●最近、おもろい人が減った気がする

 以前はもっと、いい意味でキャラ立ちした人が会社に多かった気がします。2000年にとあるメーカーに就職した私は、エンジニアとして携帯電話の設計をしていました。(その頃の自分はやがて広告会社で働くなど思いもしませんでした!)

 当時の上司と、会社にいる面白い、空気を読まないユニークな人たちを「オモキャラ番付」として、横綱から順に並べてみていました。(今の時代だと不適切と言われるかもしれませんが……)そういう人が新たなイノベーションを生み出すと考えていたからです。

 毎年番付をつくっていましたが、だんだんと「オモキャラ番付」が埋まらなくなってきました。上司も「最近、オモキャラ減ってきたなー」と嘆いていました。05年くらいでしょうか。インターネットが普及し、合理化がうたわれるようになった頃のことです。

 それから早いもので20年近くがたちました。インターネットばかりではなく、スマホも普及し、さらにはAIまで。便利さの極みです。その結果、ビジネスでは合理化がどんどん進み、変わったことを言っていると本当に“変わったやつ”としてのレッテルを張られるリスクも高まりました。もともと同調圧力の強い国民性というのも相まって、スマートな振る舞いや発言が称賛される社会が完成したわけです。

 さらに、コロナ禍の襲来によりリモートワークという選択肢も増え、気付けば1分の隙間もなく、ぎっしり会議ばかりが埋まっていく。コロナの前は、会議前後の移動時間がわずかな切り替えタイムになっていた気もしますが、それもなくなり、トイレに行く時間もなく、画面オフにしてコッソリごはんを食べる。こんな日常が当たり前になってきました。

 コンテンツも多すぎて、SNSも見ちゃうし、とにかく情報が多い。あー忙しい。隙間がない。息苦しい。そう感じている人も多いのではないでしょうか。

 だから「俺たちの自由を返せ! それには、無駄が必要だ!」と、アンチテーゼを唱えたいわけではありません。私たちが、無駄が必要だと考える理由は、大きく2つあります。

●なぜ歯磨き粉はミント味? ヒット商品には「無駄」がある

 一つは、そもそもこんなギチギチな社会だと新しいクリエイティブなものは生まれにくいという話。

 クリエイティブの4Bというのはご存じでしょうか?

 「Bus・Bed・Bathroom・Bar」の4Bです。これらはアイデアが生まれる場所といわれています。移動中、ベッドの中、風呂場やトイレ、お酒を飲んでいるとき。言われてみればなるほど感がありますよね。

 これらに共通するのは、脳がリラックスしているということ。交感神経よりも副交感神経が優位な状態ですね。ギチギチなスケジュールだと、交感神経ばかり高まって、心拍数がバクバク上がり、目がギンギンになってしまいます。そんなときにクリエイティブなアイデアはなかなか浮かびにくいというわけです。

 ではなぜ、リラックスするといいのでしょうか? どうやら顕在意識と潜在意識に関係しているようです。広告業界で有名なジェームス・W・ヤング氏の著書『アイデアのつくり方』でヤング氏は「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と語っています。うねうねと熟考した(いったん思考の混沌を生むのが大事で、いきなり何かが降ってくるわけではない)あとに全て忘れて潜在意識にゆだねると、新しい組み合わせが生まれるというのです。だから、アイデアを熟成させるべく、リラックスして潜在意識を解放する無駄な時間が必要というわけです。

 もう一つ、私たちが無駄が必要だと考える理由があります。それは、長く売れ続けている商品には一見無駄だけども必要な要素があるのです。

 例えば、歯磨き粉のミント。これは単なる味付けで、歯が美しくなったり、健康にしたりする効果はありません。でも、ミント味になる前は歯磨き粉は全然売れなかったのです。

 なぜか? それは、ミントがないと効果感を感じにくかったから。ミントのあのスースーした感じによって、勘違い的に効果実感を得ることができたのです。結果として長らく変わらず、ミント味のまま歯磨き習慣が続いているのです。

 こういう事例は結構あって、育毛剤がスースーするのもそうですし、シャンプーの泡だってなくても洗浄力が劣るわけではありません。

 実はこの話も、潜在意識が関係しています。人間の脳は真ん中に動物脳があり、その周囲を人間脳が覆っているという構造です。動物脳が本能的で潜在意識を担っていて、人間脳が理性的で顕在意識を担っている。動物脳の方が歴史上古くから存在する、いうならば先輩なので、影響力が大きいのです。

 だから人は、本能を刺激されると弱い。長く売れる商品の一見無駄だけど必要な要素は、本能を刺激し、つい使い続けたくなってしまうよう潜在意識が発動する重要なエッセンスだったんですね。

 つまり、無駄について考えることは「潜在意識」について考えるということ。本コラムの裏テーマは「潜在意識の解放!」です。

 そう書くとなんだかあやしい雰囲気がただよってきますが、何かの勧誘ではありません。でも、合理化の波にのまれて顕在意識だけをフル稼働させてビジネスを行うのではなく、潜在意識にもゆだねながら、行き来しながら思考を深めていくと、新しいビジネスの可能性が増えていくんじゃないかと、私たちは本気で思っているのです。かくして「令和の無駄学」という連載が誕生しました。

 無駄話が長くなりすぎて自己紹介が遅れましたが、現在は博報堂という広告会社でヒット習慣メーカーズというチームのリーダーをしている中川悠と申します。

 もともとエンジニアだった私は、広告会社に入って「短期的に終わる仕事ばかりでなく、もっと長く残る仕事もできないか?」と思い立ち、もがき、行きついたのが「新しい習慣をつくる!」という少し高尚な私的パーパスでした。

 それに共感してくれたメンバーが集まり、どうやったら習慣化できるんだろうかと分析したり、それをメソッド化して『カイタイ新書』『本能スイッチ』という本を出版したり、クライアントと商品開発する機会も増えて、現在に至っています。

 今後はヒット習慣メーカーズの面々で「令和の無駄学」というテーマで、ビジネスのヒントを斬りこんでいきたいと思います。ヒットの裏にある無駄、普段の暮らしにおける無駄な時間のススメ、なぜこんなデザインにしたんだろうという無駄デザイン、コンテンツに潜む無駄などなど──。メンバーも20代の若者から私のような40も半ばを過ぎたおじさんまで幅広いです。結構面白いコラムが書けそうな予感がします。

 とはいえ、テーマがテーマなだけに、時に「わ、これ、無駄だったわー」と失望するかもしれませんが、それはまあ潜在意識にストックしていただいて、何かの時に発動するのを期待しましょう。

 ということで、今後の連載にご期待ください。

著者紹介:中川悠

株式会社博報堂 クリエイティブ局 エグゼクティブクリエイティブディレクター/ストラテジスト

ヒット習慣メーカーズ リーダー

大学卒業後、メーカーのエンジニアとして携帯電話の開発に携わった後、2008年に博報堂入社。ストプラ職を経て、現在はECDとして、広告のみならず、事業、商品、デジタルサービスと領域を超えて得意先に寄り添い、企画を考え、カタチにするお手伝いをしている。2017年に、事業成長を通じて新しい習慣や文化を生み出す社内プロジェクト「ヒット習慣メーカーズ」を立ち上げ、情報発信をしつつ、得意先と新たな価値創造を行っている。「カイタイ新書」「本能スイッチ」を出版。ACC Marketing Effectiveness部門審査員。

最近無駄話をしましたか?(写真はイメージ、提供:画像AC)