税制はとても複雑で、確定拠出年金をはじめとする企業年金、退職金、またiDeCoなどを受給する際、一括で受け取るか、分割して受け取るか、といったちょっとした受け取り方法の違いだけでも、掛かる税金に大きく差が出ることもめずらしくありません。そこで今回はFPの小川洋平氏が、新卒から65歳まで勤務し退職することになった男性の事例をもとに、知っておかないと損する税制のポイントを解説します。

企業型確定拠出年金を活用していた高橋さん(65歳)

高橋亮さん(65歳)は地方の中小企業の社員。大学卒業後に入社してから転職することなく勤務し、課長職に就任。このたび65歳で定年退職することになりました。

定年退職にあたり、会社からは退職金として貯めたお金が約800万円支給されます。それに加えて、決して多くない収入の中から頑張って掛金を捻出し貯めていた「企業型確定拠出年金(以下、確定拠出年金)」の資産を受け取ることになっていました。

高橋さんは、会社に確定拠出年金が導入された際に「将来のお金を作るためにとても有利な仕組みだ」と考え、40代の頃から会社からの掛金5,000円に自分の給与の中から50,000円を上乗せして、老後の貯蓄をしてきました。そして、確定拠出年金で2,000万円以上の資産をつくることに成功したのでした。

しかし、年金の受け取り方までは考えていなかった高橋さん。危うく、せっかく積み立てた資産を大きく減らしてしまいそうになっていたのです。

確定拠出年金の受け取り方で危うく大損…高橋さんの誤算

高橋さんは、総務の担当者から確定拠出年金の受け取り方について説明を受け、「一時払い」で受け取る方法と、「毎年分割(年金払い)」で受け取る方法があることを知りました。

「とりあえず退職金は800万円あるし、一度に大きなお金を受け取るよりも分割にして、公的年金では足りない分を補うように受け取れたら安心」と考えた高橋さんは、確定拠出年金の資産を10回に分けて受け取ろうと考えました。

しかし確定拠出年金の額は2,000万円以上とかなりの大金です。何か間違いがあってはいけないと、念のため会社の福利厚生を活用し、顧問のFPに相談することにしたのでした。

すると、FPは「年金受取の手続きはいったんストップしましょう」と高橋さんに告げました。その理由は、税制にありました。

確定拠出年金は受け取り方によって税制が異なり、一括で受け取る場合は退職金と同じ「退職所得」として計算され、分割(年金形式)で受け取る場合には公的年金と同様に「雑所得」として計算されます。

65歳以降の公的年金の場合、年間110万円まで非課税で受け取ることができます。そして、確定拠出年金や公的年金の受給額を合計した金額から110万円、もしくは所定の計算式で計算された控除額を差し引いた金額が雑所得として課税されることになります。

高橋さんの場合、公的年金の受給額は年間で約180万円程度になります。そして、確定拠出年金の年金資産が約2,000万円ですから、仮にそのままの金額で10年に分けて均等に取り崩した場合、年間200万円となります。公的年金の180万円と確定拠出年金の200万円を合計すると、年間の年金収入は380万円にもなり、所得は257.5万円と計算されるのです。

所得は①所得税、②住民税が課税され、さらに③国民健康保険料も所得が上がると高くなります。仮に公的年金のみを受け取っていた場合、年間の受給額が約180万円ですから、所得は70万円となり、①所得税は約3,000円②住民税は1.2万円③国民健康保険料は約12万円となり、10年間で約135万円の負担となります。

しかし、確定拠出年金を分割(年金形式)で受け取った場合で想定すると、①所得税は8.5万円、②住民税は17.5万円、③国民健康保険料は約35万円と、年間で合計61万円もの税金、国民健康保険料が課せられ、10年間で総額610万円にもなります。

退職金と同時に一括で受け取ると、こんなに負担が軽くなる

髙橋さんがFPから受けたアドバイスは、確定拠出年金を分割ではなく、退職金と同時に一括で請求するというものでした。確定拠出年金の資産は下記のように退職所得として計算されます。

退職所得計算式:(退職金の受給額ー退職所得控除額)×1/2

退職所得控除は、勤続年数もしくは確定拠出年金の加入期間が長いほど大きくなり、勤続43年(端数切り上げ)の高橋さんが退職金を受け取る場合、2,410万円までを非課税で受け取ることができます。そして、高橋さんの場合は退職金が800万円、確定拠出年金の年金資産が2,000万円ですので、退職所得は下記のように計算されます。

髙橋さんのケースの計算式:

(退職金800万円+企業型確定拠出年金2,000万円-退職所得控除2410万円)×1/2×税率

この場合、退職所得は195万円となり、退職金と確定拠出年金の資産に掛かる税金は①所得税約10万円、②住民税約19.5万円と、合計約29.5万円となります。

つまり、確定拠出年金を10年に分割して年金形式で受け取った場合と、一括で受け取った場合では約445.5万円の差が出るということになります。

FPにこのことを教えられた高橋さんは、確定拠出年金を一括で受け取ることを選び、大きな税金や社会保険料の負担をあわや免れることができたのでした。

どう受け取るとお得になるかは「ケースバイケース」

今回ご紹介した高橋さんの場合、会社の勤続年数が長かったのに対し、支給される退職金はそれほど高額ではなく、退職金の非課税枠に余裕がありました。そして、会社で導入されていた確定拠出年金を上手く活用し2,000万円もの資産ができていたため、このように大きな差が出る結果になりました。

年金制度や税金、社会保険料の仕組みは大変複雑です。今回は直前で一括受け取りを選ぶことができたおかげで大損せずに済んだのですが、反対に一括ではなくすべて分割で受け取った方がお得なケース、半分を一括で受け取り、もう半分を分割で受け取った方がお得なケースと、その人の状況、受け取り方により様々です。

確定拠出年金のみでなくその他の企業年金、退職金を受け取る際、そしてiDeCoを受給する際にも今回ご紹介したような事例もあり得ますので、疑問に思ったら確定拠出年金に強いFPや税理士に相談されてみるとよいでしょう。

小川 洋平 FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)