AV女優の人権を守れ!」。アダルトビデオの女優や関係者とともに、いわゆるAV出演被害防止・救済法(AV新法)の一部改正を求めて、東京・日比谷や新宿、渋谷、そして永田町の街頭でマイクを持ってシュプレヒコールをあげる――。

AVという作品(商品)は”18禁”であるため、表の世界で語られることがほとんどない。そんな中で、制作者や出演者が「AV女優たちの声を国会に届けよう!」「アダルトビデオをコンテンツ産業として認めてください!」とデモ行進し、一般の人から署名を集めていた。その中心にいたのは、AV監督の二村ヒトシさんだった。(ライター・渋井哲也)

●「この仕事を選んだ女性に対する侮辱だと思います」

二村さんは慶應義塾大学中退後、1987年に男優としてAV業界入り。1995年に監督も始めた。1998年には著作『すべてはモテるためである』(ロングセラーズ/2012年にはイースト・プレスにより文庫化)や、『恋とセックスで幸せになる秘密』(イースト・プレス/2012年。2014年には文庫化で改題『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』)を出版し、話題に。

他にも著書や、著名人との対談本を講談社角川書店幻冬舎マガジンハウスなどから出している。著作には女性ファンも多い。現在はキネマ旬報や映画.comに映画評を連載する一方で、女装した男性を女優としてあつかうAVメーカー「美少年出版社」を主宰。

2024年1月に「AV産業の適正化を考える会」の発起人として、AV新法の一部改正を目指してロビー活動や署名運動、イベント、デモなどを始めた。この活動には、平裕介弁護士や亀石倫子弁護士らも賛同人となっている。

「活動を通して僕がいちばん訴えたいのは、AV女優は国から差別されているということ。それは性というものを扱う仕事だからです。性行為を見せるタレントだからこそインターネットや夜中のテレビ番組では人気者ですが、一方で、だから差別されてもいる。

もしかしたら女優さんたち自身が、とくにデビューしたての女優さんは自分が差別されている感覚はまだないかもしれない。でも、たとえば新法の正式名称には『出演者の救済』とあります。『被害者の救済』ではなく『出演者の救済』です。

法律が『AV出演者は、すなわち救済されるべき存在である』とうたっているのです。少なくともこの法律の名称を作った人は、そう意識されていたんじゃないでしょうか。しかしそれは、自ら望んでこの仕事を選んだ女性に対する侮辱だと僕は思います」

2022年に成立したAV新法の正式な名前は「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」。

AV出演被害に特化した法律としては初めてのもので、年齢や性別に関係なく適用される。18歳を成人年齢とする民法改正にともない2022年4月から話が浮上し、議員立法で同6月に施行された。急いで作られた法律だけに、見直すべき点があれば2年以内、つまり今年6月までに改正を含む必要な処置がとられることになっているが、国会内での議論はまだほとんどされていない。

●「法律自体に反対しているのではありません」

「法律自体に反対しているのではありません。出演勧誘や出演強要の被害防止、撮影中の違法な暴力や発売に関わる違法行為の摘発は、もちろんのことです。それには賛意しかありません。ただ新法の、業界を良くするためには機能していない部分、あるいはAV女優や性産業への差別だと受け取れてしまう部分、この新法が日本国憲法に反しているのではないかと考えられる部分だけを、改めていただきたいのです。

もし新法に不具合があったら『そこは2年で見直す』ということは当初から附則に盛り込まれていました。その附則が守られていません。法律だけが拙速に施行されたまま、その後、調査も検討もなされていないのです。

我々は三つの点を国会に請願しました。まず一点が先ほども述べた、法律の正式名称の中の、AVに出演した女性は全員が被害者であると決めつけるニュアンスを変えてほしい。細かいことのようですが一事が万事です。この部分が、性をめぐる個人の尊厳の一つである『やりたくてやっている女優さんの自己決定権』を、軽んじて傷つけていることを考えてもらいたい。

二点目は、撮影してから4カ月間は発売も、出演者本人によるSNSでの告知も許されないという規制を、その作品に新人女優が出ておらず、さらに出演者全員の合意がとれた場合には柔軟化してほしいのです。新人女優さんには、いつでも出演を取り消せるよう契約から撮影までに熟慮の期間をとり、撮影してしまってからも4カ月間はなかったことにできるよう宣伝もしないのは本当に良いルールだと思います。

しかし、その同じルールが新人デビュー作だけでなく、すべての作品で適用されてしまっている。中堅やベテランの女優さんで自分の出演作を自分でどんどん告知したい意欲のある女優さんたちは困惑しています。AV出演に誇りをもって取り組んでいる女優さんは本当にモチベーションが高いので。

そして、すべての作品が発売まで長期間とらねばならなくなったことから資金繰りの問題がでて、そのしわ寄せから、有名ではない女優さんを起用する撮影が減ってしまう事態になりました。資金力のある大手のメーカーは2年弱で新法の規制に慣れ、それに合わせたサイクルができた。ところがそのサイクルに乗れず苦しんでいる女優さんたちがいるのです。

新法の影響で仕事がなく、生活できなくなった女優さんたちの中には、やむをえずスカウトマンの紹介で海外売春をすることになったり、契約書も結ばない非合法な動画(僕はそれをAVと呼びたくないです)に出演している人もいます。

これは風営法によって店舗型の風俗店が規制され、それでも風俗店は減らず非店舗型の営業が増えたことで、風俗嬢さんたちがホテルで身の危険にさらされることになってしまったのと同じ構造です。女性を守ると称して始まった規制が、かえって弱い立場の女性を圧迫している。法律を作るみなさんが、性産業の現場の実態をわかっておられないからです。

だから主務官庁の内閣府・男女共同参画局に、我々の現状をよく知ってほしいのです。差別をなくし、搾取も起こらないように、出演者のさらなる地位向上と人権保護のために業界構造の実態調査を、行政によって実施してもらいたい。それが我々の国会への請願の三点目の要項なのです」

●「『職業選択の自由』をも脅かしていることにならないでしょうか」

AV新法のベースにあったのは、2016年から言われ始めた「AV出演強要問題」だ。当初問題になったケースの1つは、スカウトマンやプロダクションに長時間説得されて、出演することに追い込まれた女性の話だ。

グラビアの仕事と思って面接に行き、AVの撮影と言われていないのに、数日後「AVの仕事が決まった」と告げられた。仕事を断ろうとすると「事務所でゆっくり話そう」と言われて、数時間、説得が続いた。中には「断れば違約金が数百万かかる。支払えないなら実家に請求が行く」などと言われた。結果、女性は疲弊し「自分さえ我慢すればすべてが収まる」と思い、撮影したなどのケースだ。

「過去に、そういうやり方をしてきた者が我々の業界に沢山いたことは疑うべくもありません。多くの被害者も生んできました。逮捕者も出ました。それで2017年に憲法学者の志田陽子先生、法社会学者の故・河合幹夫先生、山口貴士弁護士、歌門彩弁護士によって、AV人権倫理機構(人権倫)という、我々に対して法務遂行義務を監督する第三者団体が組織され自主規制ルールを作ってくださいました。それ以来、そのルールを遵守した事業者においては出演強要の被害の訴えが劇的に減り、女優さんの金銭的な待遇も良くなりました。

一方で、新法も自主規制ルールも最初から守る気がない悪質な連中が非合法な動画の制作を続けているのも事実で、彼らが作る映像に出演したことによる事件、すなわち法的に有効な契約書が存在しておらず約束も破られた、ギャラももらえなかった、撮影での性交で厳格な避妊や事前の性病検査がなされていなかった等の被害も未だに後を絶ちません。

そういった事件がニュースになったとき必ず『AV出演被害事件』として報道され、世間の『やっぱりAVは悪人たちが作って不当に儲けているんだ』という印象を強めてしまうのが残念です。そのスティグマとパターナリズムが、またすべての女優を被害者扱いする差別を深めてしまう。

人権倫は今年3月末で解散したのですが、これからも僕は出演者の人権に最大限の配慮をして、その作品に出演したい人が出演するAVを撮っていきます。遵法精神をもって作られているアダルト・コンテンツにまでさらなる規制をかけ、自らの意志で出演している者の収入を減じせしめることは、その人たちの生活を脅かすだけでなく、日本国憲法22条に記された基本的な人権の一つである『職業選択の自由』をも脅かしていることにならないでしょうか。

性行為を娯楽として扱うビジネスは社会のためにならないものだから、とにかく圧力をかけておこうという政治は、あきらかに時代遅れだと思います。それは古い道徳観をもった宗教保守の思想や、若い人を過保護に扱いすぎる考え方です。

セックスしている実写の動画コンテンツをスマホで秘かに楽しむ一般の女性は、一昔前からは考えられないぐらい増えています。今やFANZA(総合アダルトサイト)ユーザーの3割が女性だという統計もあります。

また、出演強要が減ったことの要因の一つとして、スカウトされたのではなく自分から応募してくる女性が飛躍的に増えているという事実があります。新法が施行される何年か前から増えはじめました。そして彼女たちはAVの撮影で何をするのかを、よく理解したうえで応募してくるようになった。出演女性が自ら制作費をだして著作権をもつケースも出てきています。AVのあり方は今、はっきりと変わりつつあるのです」

「AV業界を良くするため、機能していない部分を改めて」 二村ヒトシ監督が"新法改正"をうったえるワケ