複数の男性から総額1億5000万円以上をだまし取った「頂き女子りりちゃん」の裁判に注目が集まっている。作家の岩井志麻子さんは「彼女を見ていると、戦後で初めて死刑囚となった女性を思い出す。どちらも金への執着と、愛情不足が見て取れる」という――。

■「りりちゃん」の事件を見て思い出した「昭和の犯罪」

我が国にも女性犯罪者は、軽犯罪から連続殺人まで数えきれないほどいるが、後世まで語り継がれ、書籍化や映像化までされるとなると、限られてくる。

分類法もいろいろ、選者の好みなどもあるとしても、阿部定と小林カウは外せない。というより殿堂入りか。

ともに明治後期の生まれで、定の事件は昭和11年、カウの事件は昭和35年だった。前者は「殺した男の性器を切り取って持ち歩いていた」という衝撃性と猟奇性で、後者は女性では戦後初の死刑を執行された人として伝説の女になった。

どちらも殺人者だが、成育歴や判決は大きく違う。定は神田の裕福な商家に生まれ、幼い頃からちやほやされ、芸妓、娼妓、妾、とにかく女の体と色香だけで生き続けた。

カウは関東の極貧の農家に生まれ、小学校だけ出て働きづめ、若くして結婚した夫が病弱で、という根っからの苦労人だった。しかし非合法のそれも含め、商才はあった。

定は勤めていた旅館の主人・石田吉蔵と愛欲に耽った挙句、絞殺して男性器を切り取り逃亡、逮捕されたが判決は懲役6年の短期刑、しかも恩赦によってわずか4年で出所している。その後については諸説あり、間違いなく亡くなっているだろうが享年などは不明。

■戦後初の「女性死刑囚」がやったこと

早くに夫と死別し、惚れていた若い巡査とも破局したカウは、塩原温泉郷にあった「ホテル日本閣」の経営を引き継ぐことを夢見た。そこの主人と共謀し主人の妻を殺したが、ホテルはカウのものにならず、だまされたと激昂して主人も殺す。

ホテルの従業員だった男を雇い、どちらの殺人も手伝わせているが、カウは捕まらなければこの男も始末する気でいたし、逮捕後は「実は夫も病死ではなくカウに殺されていた」のが発覚する。しかし獄中生活は穏やかで、刑場にも静かに向かったらしい。

殺人もいろいろで、定の場合は愛欲の暴走ともいえた。金銭の揉め事などはなく、被害者も一人、しかも首絞めは閨での合意の上のことだったようだ。カウは3人も殺し、捕まらなければさらに殺していたはずで、まずはホテル乗っ取りが目的だった。

この2人、同時代を生きた女の殺人者としてひとくくりにはしているが、世間の扱いというのか、特に男からの反応、思い入れ、などが大きく違った。

■男性からの評価は対照的

定は捕まって新聞に載った姿が婀娜(あだ)な美人と評判になり、全国から獄中に「結婚したい」といった手紙が殺到した。田舎臭い容姿のカウには、そんなもんなかった。

なんといっても、書籍化、映像化の差は大きい。定の方はモデルにした小説もたくさん書かれたし、『愛のコリーダ』はじめ、映画もドラマもいろいろ作られた。

カウの場合、記録性の高い資料みたいな書籍ばかりで、カウを主人公にした小説は見当たらない。映画も、カウとは似ても似つかない吉永小百合様の『天国の駅』しかない。

昔から、この違い、特に男受けの差は気になっていた。たぶんカウは、とにかく金儲けが好きで、若き日の巡査を除いてまったく男には惚れず、男など利用するもの、踏み台、道具にすぎなかったところが挙げられよう。なんたって、がめつい不美人。

対する定は、いつも男に惚れている。損得抜きに性行為が大好きで、男なしでは生きられず、とにかくエロい。さらに金銭欲のない美人。そりゃ男としては、「そんなに俺のこれが欲しいか」とエロの定番の台詞を吐きたくもなり、吉蔵さんがうらやましくもあり、自分が言われた気にもなる。

でもカウには、「お前の粗末なモノなんか要らないよ、金さえ出せばお前になんか用はない」と吐き捨てられた気にさせられるのだ。

■りりちゃんにだまされる男性の特徴

さて、明治生まれで昭和前期の犯罪者の後に、平成生まれで令和の犯罪者となった、「頂き女子りりちゃん」(本名 渡邊真衣)の話である。

ご存じ、年配男性達から詐欺で大金を巻き上げ、そのマニュアルも女子達に売りつけつつ、ホストに貢ぎ続けて捕まった。

そんなりりちゃんに、わりと女達は同情的だ。「りりちゃんもホストにだまされていた」「『おぢ』も脇が甘い」みたいな反応が多い。

なんたってりりちゃんが貢いだホストの関係は、定の愛人みたいに、本当に惚れて惚れられていた関係ではなかったのは可哀想だし、大金を出せる男を捕まえられる手練手管は誉められたもんじゃないにしても、どこか学べる点はあるかもと思わされる。

だが、ネットなどの反応、そして周りの男達に取材してみた限りでは、「死刑でよし」くらいの勢いで、我がことのように怒っているおぢが目立つ。

もちろん被害者はお気の毒だとは思うが、りりちゃんにだまされるタイプのおぢは、理想の女が2次元にいるタイプが多いのではないか。

若くて美人で巨乳で賢くて従順で、ぼくにだけ淫乱な清純な乙女。りりちゃんは、そんな現実にはあり得ない女を演じられたのだ。だって、だます気で近づいているのだから。

■結局、ホストからの愛は得られなかった

りりちゃんにだまされないタイプのおぢは、わりとモテた経験がある。なんたって、若い女から「おぢ属性」で見られていることにも自覚的だ。だまされるタイプは、最初からまさか自分が「おぢ属性」でしか見られていない、とは思わないのだ。

なんといってもりりちゃんは、せっかく阿部定が定着させてくれた、男性はいつでも女性に求められるし、愛欲に耽る女性は「私、ううん、女はみんな、男のコレが切り取りたいほど欲しいの」という甘い囁きをするであろうという妄想を、ばっさり否定した。「おぢとの交わりなんか、要らない。おぢは金だけ出せ」と、カウの声で罵ったのだ。

そんなりりちゃんも、ホストとの情交より愛が欲しかったわけなのだけど、ホストに愛を求めるのは、おぢが頂き女子に愛を求めるのと同じことである。そこを本人は理解していたのだろうか。

■詐欺師であってもうそつきではない

りりちゃんは人は殺してないが、阿部定よりも重い懲役9年・罰金800万円の実刑判決が下された。

その前、検察からの求刑が13年だったことを聞いたときに書いたとされる本人の手紙は、

「ちょうえき13年……ーっ⁉
なが!!!
ながーい‼!
ながながながーい‼‼
ながびよーん
ちょっぴり涙を流してみたけど、私の涙甘いの。」(原文ママ

と公開されている。

定は出所後、世話になった人に「所詮、私は駄目な女です」との手紙を置いて消えた。カウは学校にあまり通えなかったので、「殺人をおかしてさいばんになるとゆうこともしりませんでした」といった上申書を出した。

昭和生まれから見れば、破壊力では定とカウを上回る、りりちゃんの文章。

生きた時代も生育歴も犯罪の目的も何もかも違うので、そのまま比較はできないが、定の諦めとカウの自己正当化もなく、さらには、両者に垣間見える開き直りもない。

懲役13年なんて、殺人並みの刑期だが、そこで「ながびよーん」は逆に真摯な魂の叫びかという気もしてくる。心証を良くしようと計算したら、こうは書かない。りりちゃんはここで、裁判に有利になるような、被害者が少しは納得してくれるような、定型文みたいな模範的文章は書かず、ただただ心のままに言語化したのだとすれば、詐欺師であってもうそつきではなくなっている。

■「おば」になったりりちゃんが向かう先

りりちゃんは今、25歳。判決の懲役9年が確定し満期出所したとしても、まだ34歳。そこからの人生は長い。

被害者に弁済するにも、自身の生活にもお金はいる。

私から見れば34歳はギャルといってもいい若い女だが、おぢ達は、その年齢の女はもはや「おば」とくくってくる。だから、出所後に同じことを繰り返してはいけない以前に、繰り返すのが難しくなっていく。

出所後、とにかくひっそり生きたいと願うなら話は別だが、向かうのは懐深き水商売だろう。

もし主に男受けを狙って生きたいなら、カウのように金にがめつい部分は隠し、定のように「愛する男の人が欲しいの」とエロい一途な女を強調しなければならない。

同性の支持を得たいなら、定のように男に依存しがちな部分は隠し、カウの上申書のように「しょばいがしみ(註・商売が趣味)」と、犯罪ではない好きな仕事に打ち込み、成功もして見せねばならぬ。

ただ経営は無理がありそうなので、どこかの店に雇われて、その独自の会話術やコミュニケーション能力を、いかんなく発揮し、今度こそ正業に生かしてほしい。

さらに言えば、カウの男に貢がなかったところを学び、間違っても定のように好きなホストのモノを切ろうとはしないよう、自分自身を見つめ直してほしい。

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岩井 志麻子(いわい・しまこ)
作家
1964年、岡山生まれ。少女小説家としてデビュー後、1999(平成11)年「ぼっけえ、きょうてえ」で日本ホラー小説大賞受賞。翌年、作品集『ぼっけえ、きょうてえ』で山本周五郎賞受賞。2002年『チャイ・コイ』で婦人公論文芸賞、『自由戀愛』で島清恋愛文学賞を受賞。近著に『でえれえ、やっちもねえ』(角川ホラー文庫)がある。

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阿部定(写真=ぎょうせい『実録昭和史 2巻』/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)