(数多 久遠:小説家・軍事評論家)

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 イランで撃墜されたウクライナ国際航空のボーイング737型機は、イラン革命防衛隊が発射した地対空ミサイルによるものであったことが明らかになりました。

 多数の乗客が乗る民間機を誤射するという事態に、「なぜそんなことが起こるのだ?」と疑問を持つ人が多いでしょう。

 筆者も今回の惨劇には目を覆いたくなるばかりですが、実際に自衛隊で防空システムの運用に携わってきた経験から、何が起こったのか可能性として思い当たる原因がいくつかあります。

 本稿では、革命防衛隊が、なぜ撃墜するべきではない目標を、誤認し、撃墜にまで至ってしまったのかを考察してみたいと思います。かなり技術的な内容となりますが、一般の方にもできるだけ分かりやすいように書きました。逆に、まだるっこしく感じる方もいるかもしれませんが、ご容赦下さい。

IFFがあるのになぜ誤識別が発生するのか

 軍事に詳しくなくとも、「IFF」(Identification Friend or Foe)と呼ばれる敵味方識別装置の存在を知っている方は多いでしょう。IFFは元々軍用に開発されたものですが、機体を識別する仕組みとして民間でも広く使われています。

 IFFには、いくつかのモードがあり、この中で民間機の識別に使われているのは「モード3」と最新の「モードS」です。ですが、モードSの方は、基本的に地対空ミサイルが民間機を識別するために使用するものではありませんし、モードSの軍用版である「モード5」も、まだ十分には普及していない状況です。そこで以下では「SIF」とも呼ばれるモード3と、これに付加的に使用される「モードC」(モード3/C)を前提に説明します。

 IFFモード3は、通信機としては2次レーダーと呼ばれるものです。

 いわゆる普通のレーダーの場合、地上(機上の場合もありますが)にあるレーダーが電波を放射し、その電波が、目標である機体から反射してきたものを観測して情報を得ます。

 2次レーダーは、地上にあるレーダーが電波を放射ことは同じですが、機体からの反射波を観測するのではありません。放射する電波は、質問信号です。そして目標の機体に搭載された無線機が、とらえた信号に対して特定の信号を自動応答します。レーダー側がその応答信号を受信することで目標の情報を得るというものです。

 モード3の場合、地上のレーダーはモード3に特定の質問信号を送ります。機体に搭載された「トランスポンダ」と呼ばれる自動応答装置が質問信号を受けると、その機体に割り振られた0~7までの数字で構成された4桁の番号を送り返します。レーダーはその番号を受け取って機体の情報を得ます。

 この番号は、航空管制機関、日本で言えば国交省の航空局が管理し、自衛隊を含む関係機関で共有することで、民間機であるだけでなく「JALの何便である」というところまで知ることができるようになっています。

 ちなみに、この番号には特殊なものも定められています。例えばハイジャックされた機体の場合は「7500」と決められています。ハイジャック犯がパイロットに無線を使う事を禁止しても、パイロットがこっそりとモード3コードを7500に変更すれば、航空管制機関は、この機体がハイジャックされたのだと知ることができるようになっているのです。

 この仕組みは国際民間航空機関に加盟するすべての国の間で共通しており、イランでも同じように運用されています。当然、今回誤射した革命防衛隊にも通知されていたはずです。もしそうでなかったなら、イランでは毎日にように誤射事件が起きるでしょう。

 ここまでは前置きです。では、こんな便利な機材がありながら、なぜ誤識別・誤射が起こってしまうのか。いよいよ本題に入りたいと思います

問題となるのはIFFの精度

 まず、誤射を行った機材を確認しておきましょう。

 今回誤射を行ったのは、ロシア製の防空ミサイルシステム「トールM1」だと報じられています。写真のトールM1では、捜索用レーダー(パラボラ状のリフレクタ)が右側に折りたたまれています。これを立てた上で、機械的に回転させて捜索します。

 写真では、捜索用レーダーの右上に小ぶりなレーダーが付いています。これがIFFのモード3用のアンテナではないかと思われます。動画サイトにある映像を見ると、トールM1は捜索用レーダーと、モード3用レーダーを1秒間に1回ほど回転させて運用しています。このことを踏まえて、考察してみます。

 前述したように、モード3は2次レーダーなので、普通のレーダーと異なり、距離の精度が低くなっています。機体のトランスポンダが、質問電波を受けて応答信号を送信するタイミングに微妙な誤差があるためです。通常のレーダーは、電波が光の速度で反射してくるため、正確な距離測定ができます。ところが2次レーダーではトランスポンダの反応速度に差違があるため、距離精度が甘くなるのです。

 加えて、鉛直(垂直)方向の方位精度はさらに悪いと言えます。

 モード3の質問電波は、多くの場合ファンビームと呼ばれる形で放射されます。ファンとは、扇のことです。扇を縦方向に立て、それを横方向に扇(あお)ぐ、あるいは回転させるように電波を振るのです。

 トールM1のモード3用アンテナが上記のものだとすると、放射される電波の形状は、やはりファンビームになります。その場合、同一距離で高度が違う2つの目標があった場合、モード3の応答信号が、どちらの目標から返って来た信号なのか、区別できないのです。

 この距離、鉛直方向の精度不良は、過去の別の誤射事件でも原因の1つになっています。1988年に、米巡洋艦ヴィンセンスが、イラン航空のエアバスA300型機を誤射しました(イラン航空655便撃墜事件)。この事件でも、バンダレ・アッバース国際空港を離陸した655便と、地上に駐機していたイラン空軍機からのモード3応答を誤認したことが、誤射の原因の1つでした。

 今回の場合、ウクライナ国際航空のボーイング737型機は、イラン首都テヘランのイマーム・ホメイニ空港を離陸した後、北西方向にあるキーウキエフ)近郊のボリスピリ空港に向かっていました。そのため、トールM1のオペレータが、モード3などの応答から、この機体を敵機として認識した可能性は低いでしょう。

複数機体からの応答信号を判別できなかった?

 しかし、レーダーの距離制度、方位精度が悪いということは、混信の危険性があるということでもあります。

 イマーム・ホメイニ空港から北西方向には、ウクライナに向かう便だけでなく、北欧、東欧に向かう多くの便が飛行していました。それに、イラン航空655便撃墜事件の時と同様に、まだ離陸していない機体からの応答信号があった可能性もあります。トールM1のオペレータが、複数の機体から返って来たモード3応答を判別できず、偽の応答だと判断してしまった可能性、あるいはウクライナ機からの応答信号を他の機体からのものだと誤判断してしまった可能性は考えられます。

 この複数機体からの応答信号の混信は、運用の現場では頻発に発生する問題です。そのため、いくつかの改善策が講じられています。

 その1つが「モードC」の存在です。モードCは「モード3/C」とも呼ばれ、モード3の付加的モードとなっています。モード3の応答信号とともに、機体の高度計の情報を読み取って、高度情報を送り返すというモードです。前述したように、モード3の質問信号がファンビームで送信されるケースが多いため、高度の異なる目標からは異なる高度情報が返ってくるようになっているのです。

 しかし、混信した場合、やはりこの高度情報も混信してしまいます。また、モード3の機能は備えていても、モードC機能を備えていない機材も数多くあります。トールM1が、モードCを備えていたかは不明です。

 運用上の努力で、混信を回避する手法もあります。

 もしも混信したとしても、混信したことは認識できます。モード3応答らしき変な応答が返って来ているのですから、民間機である可能性は認識できるのです。

 時間が経過し、目標が、混信しない位置まで移動した後に、再度モード3質問信号を送れば識別ができるようになります。方位的に混信の可能性が疑われる場合は、別のレーダーや上位の管制組織と連絡を取ることで、正しい識別に至ることができます。

 細かい誤認原因や対応策は他にもありますが、上記は典型的なものです。

 トールM1の捜索レーダーは捜索範囲が25キロメートル程しかないようなので、オペレータが焦っていたことは想像できます。しかし、それは少しも誤識別・誤射の言い訳にはならないでしょう。遠く離れた日本にいる私が指摘できるくらいありふれた現象が原因だとしたら、革命防衛隊の技量が低すぎるとしか言いようがありません。

2つの目標を混同したのか

 イランは、事件から3日後に誤射を認めた際、「旅客機が急旋回して革命防衛隊の施設に近づいた」と言い訳しています。しかし、ウクライナ機は、通常の飛行ルートを飛行し、ほぼ直線的に北西方向に飛行していたことがフライトデータなどで判明しています。

 多くの人にとって、イラン革命防衛隊の言い訳はでたらめで見苦しいものに聞こえるでしょう。ですが、革命防衛隊のトールM1のオペレータが、本当にウクライナ機が急旋回したと考えていたのだとしたら、考えられる誤射要因が存在します。

 イランが保有している防空システムは、若干旧式化しつつある「トールM1」です。トールM1では、在空目標の捜索を、車両の後方に乗っているマスト上に設置されたレーダーが負っています。この捜索用レーダーは、機械式に回転するリフレクタを用いるレーダーです。

 ロシア軍が公開している動画で確認すると、1秒間で1回程度の回転速度です。つまり、目標を1秒ごとに確認し、その“点”を繋げることで目標の移動を確認することになります。この“点”は「レーダープロット」と呼ばれています。肉眼と異なり、1秒おきに一瞬しか目を開けられないのだと考えていただければイメージできるかと思います。

 全てのレーダーは、このレーダープロットで目標を認識しますが、更新間隔はレーダーの種類により様々です。レーダーサイトで使用されていた旧式のレーダーでは、10数秒に1回しか確認できないものもありました。

 トールM1の1秒に1回という間隔ですと、時として近い位置にいる複数の目標を混同し、間違えてしまう場合があります。特に、レーダー反射が強くない小型目標の近くに、レーダー反射が強い大型目標が新たに出現した場合には、間違いやすくなります。

 このような間違いが発生した場合、どちらの目標も直線的に飛行していたとしても、急旋回、急上昇・降下、急加速・減速したように見えてしまいます。

 イラン革命防衛隊のトールM1のオペレータが、本当にウクライナ機が急旋回したと考えていたのだとしたら、このレーダープロットの混同による、目標の“乗り替わり”が発生した可能性があります。

 今回、ウクライナ機が撃墜されたテヘランの北西は、かなり起伏の強い山岳部になっています。このような場所では、航空機は山の稜線から突然現れることになり、レーダー目標の乗り替わりは発生しやすいのです。

 考えられる可能性としては、次のようなケースです。

 航空管制機関から特定の番号を付与されておらず、有視界飛行方式により飛行している航空機は、モード3のコードを「1200」もしくは「1400」にセットするように決められています。

 そのモード3コード「1200」あるいは「1400」にセットした小型機が飛行しており、トールM1のオペレータは、進路などから、さほど脅威としては考えられないが注意すべき目標と考えていた。その目標の近くに、山の稜線から、イマーム・ホメイニ空港を離陸し上昇中のウクライナ国際航空のボーイング737型機が突如現れた──。

 この時に、トールM1のシステム、あるいはオペレータが目標を混同し、乗り替わりが発生してしまった可能性があります。オペレータには、「注意すべきと考えられる目標」が急旋回したように見えたことでしょう。その場合、速度も急加速したと判断したかもしれません。落ち着いてその後の高度などを確認したり、IFFモード3での確認を再度行っていれば、乗り替わりが発生したことは判断できたはずですが、焦りから誤射に至ってしまった可能性はあり得ます。

 このようなレーダー目標の混同による乗り替わりは、どのようなレーダーシステムでも発生しますが、精度が高く、プロットの更新間隔が短いシステムほど発生しにくくなります。トールミサイルシステムも、最新の「M2」では捜索レーダーがフェイズドアレイ方式のレーダーに換装されています。M2でも機械的にレーダーを回転させるようですが、電子的に電波の方向を制御できるため、回転速度が同じでも、プロットの数を増やすことが可能ですし、精度も高くなっています。

 今回、イランが誤射を認めた後、再発防止を図るためにシステムを改善すると発表しています。M1からM2への改修を行い、上記のような目標の乗り替わりによって誤射が発生する可能性を抑えようと考えているのかもしれません。

 なお、この乗り替わり現象は、システムの「FCS」(火器管制装置)のマンマシンインターフェイスにも影響を受けます。インターフェイスが、旧式のAスコープ表示であったり、コンピュータ処理されたシンボル表示でない場合、システムのオペレータは高い技量を持っていないと誤認が発生しやすくなります。

 一方、新式のPPIスコープ表示であったり、コンピュータ処理されたシンボル表示であれば、オペレータの誤認可能性は低くなります。しかし逆に、こうした誤認が発生することを理解していない、技量の著しく低いオペレータの場合、目標を撃墜した後にも誤認が起こったことを認識できないということも考えられます。

誤射してしまった後にできること

 誤射に至った原因が、モード3信号の誤認、あるいはレーダープロットの乗り替わりのどちらだったとしも、ミサイルを発射した後に誤射に気づけば、ミサイルを自爆させる、あるいは命中させないようにできた可能性もあります。

 ミサイルの自爆は、もちろん自爆機能が備わっていれば、の話です。トールのミサイルに自爆の機能があったかどうかは分かりません。トールのような短射程のミサイルの場合、発射から着弾まで時間が短いこともあり、自爆機能の価値が乏しいのです。

 また、トールのミサイルには誘導方式が複数ありますが、赤外線誘導だった場合、ミサイルの発射後にFCSからの誘導を必要としないため、自爆機能以外では、発射後に気づいたとしても打てる手立てはありません。今回の誤射は夜間であったため、赤外線誘導方式で発射された可能性が高かったと思われます。

「無線指令誘導+TV誘導」の場合、発射直後は無線指令で誘導し、途中からTV誘導に切り替わります。切り替わる前であれば、無線の指令を止めることでミサイルは命中しなくなります。

革命防衛隊の技量は高くない

 本稿では、IFFのモード3の特性による誤識別から誤射に至った可能性と、レーダープロットの乗り替わりによって誤射に至った可能性を指摘しました。

 細かな要因は他にも考えられますが、可能性が高いのはこの2つだと思われます。また、当然ながら、これらの要因が複合的に作用していた可能性があります。

 はっきりしていることは、イラン革命防衛隊の技量が高くはないということです。狂信的な思想を持っている可能性もあるため、それが影響したのかもしれません。

 関係国会合が行われ、補償問題などが話し合われるようですが、イラン側から原因についても説明が行われるでしょう。引き続き注目したいと思います。

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