(酒井 吉廣:中部大学経営情報学部教授)

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 2月21日イランで国会選挙が行われた。開票が進んでおり保守派が勝利する気配が濃厚だ。ただ、候補者合計で20%の得票率に達しなかった選挙区が決選投票をして全議員が出揃うのは4月17日であり、今から新議会の本格稼働までには2カ月ある。

 ちなみに、次期議長となるガリフ氏(元テヘラン市長)、最高得票数のミサリム氏(ラフサンジャニ政権での文化相)は、ともに前回の大統領選挙でロウハニ大統領と争った経緯があり、「経済の救出」を筆頭スローガンとしている。また、選挙自体に不満の改革派や中道派の反発も予測される。戦争まっしぐらの政策は考えられず、イランは混迷を深めそうな気配だ。

 一方、対米戦争という観点では、2月15日イランのザリフ外相が米メディアのインタビューで本格的な対米報復を考えていることを吐露した。今後の焦点は、2月21日の議会選挙である。ここで保守派が勝てばイランの報復意識は盛り上がるかもしれない。

 またザリフ外相は、ソマレイニ氏殺害直後のイラク領内の米軍基地へのミサイル発射は、国連憲章51条に基づいた国連安全保障理事会(国連安保理)が必要な対応を取るまでの自衛措置であること、それゆえに反撃相手ではないイラク政府に事前通告した、とその正当性を説明した。

 同時に、1月8日ウクライナの民間機撃墜には謝罪しつつも、一兵卒が自分たちへのミサイル攻撃だと誤って判断したことによるため、この対応は自衛措置を考慮したシカゴ条約に則っていると言い切った。

 他方、米国もソレマイニ氏殺害については、ポンペオ米国務長官が2年前に、米軍に対するテロ行為を止めなければ攻撃するとの手紙を送っていたことを殺害当日の1月3日に発表。2月18日にも関連発言をして米国も国連憲章51条に沿った対応をしたと位置づけている。

 このため、両国ともに国連憲章が禁止する武力による紛争の解決を行わないとしつつも、同憲章が認める自衛のための措置という正当性を持った戦争が起きる可能性と隣り合わせの、神経質な交渉を続けることとなる。

 イランには、米国との全面戦争突入を回避しつつ現状を打開する道はあるのだろうか。

国連に戦争抑止力はない

 第1次世界大戦後の1920年に設立された国際連盟は、1928年締結のパリ不戦条約とともに、第2次世界大戦を防ぐことができなかった。第1次世界大戦が始まる際に、ドイツ帝国ウィルヘルム2世が国民に向けて語った宣言と、第2次世界大戦のきっかけを作ったナチス・ドイツヒトラー総統の宣言は、「民族の自衛のため」という点で類似している。

 日本帝国海軍の真珠湾奇襲攻撃からわずか1カ月後の1942年1月に作られた連合国(United Nations)は、日独伊と戦って勝利したものの(日本では戦後「国際連合」と訳し、中国はUnited Nationsを連合国と呼び続けている)、その後は、平和維持活動(PKO)のための行動はしていても、実質的に国連加盟国間の戦争を防止した例はない。

 例えば、1992年湾岸戦争での多国籍軍、2001年のアフガニスタン侵攻、2003年のイラク戦争での有志連合はいずれも連合軍ではない。

 今回の米国とイランの戦いも、双方が国連憲章に基づいた自衛ための武力行使だと主張する一方、既に米国支援の英国と、イラン支援の中露に分かれており、国連安全保障理事会の決議により、一方が正義、他方が悪との勧善懲悪の物語にはならないだろう。

 つまるところ、国連は有事に対する安全保障機能を持っていないと考えざるを得ない。実際、ホルムズ海峡の安全航行を守る米国には英豪と中東産油国が参加しているため、イランは中露と海軍合同演習を行ってはいるものの、米国による経済封鎖と身近に迫る米主導の有志連合の脅威を「過去最大の圧力」と感じている。

米国追随の韓国および同企業に激怒したイラン

 苦境に立ったイランは、米国になびいて自国市場から後退する企業への対応を厳しくしている。特に、過去も安易に撤退と再参入を行った韓国企業への怒りを爆発させた。2月16日にアラクチ外務副大臣がサムソン、SK、現代、起亜などのうち、この数カ月で撤退している企業は簡単には戻れないと批判した。

 韓国企業は、家電では3割のシェアを持つなどイラン市場でのプレゼンスが高いが、米国の対イラン経済制裁の一環であるかのように対応したため、今回のような宣告を受けたのである。1月21日に韓国政府が日本を真似てオマーン湾やペルシャ湾に海軍を派遣すると発表してから約半月後の出来事だ。

 イラン外交筋によれば、韓国企業の撤退行動の背景には韓国政府の影がちらついているらしい。

 結局、イランのこの言動は、米国と距離を置く欧州諸国への有効なアナウンスメントともなっている。選挙翌日の2月22日には、オランダのブロク外相がロウハニ大統領と会談した。

 限界に近い状況まで追い込まれたイランを見捨てた韓国は、米国に批判される中で、イランだけでなく、欧州各国やイラン支援の中露からも厳しい目で見られ始めている。

 このことは、昨年6月にイランを訪問してハメネイ師と会談、12月にはロウハニ大統領の日本訪問を受け入れて、あくまでイランとの関係維持を示した安倍首相およびイランでの活動を継続してきた日本企業とは大きな違いとなった。

中国頼りのイランが見誤った新型肺炎の影響

 イスラム革命記念日の2月11日テヘランでは革命41周年を祝う大規模なデモが行われた。その前日・当日ともに、複数の中東メディアがイランでの新型肺炎発生の可能性を報じた(当日は死者発生の報道もあった)が、イラン健康省情報センターのジャハンポル会長はこれを否定した。同時に、中国への留学生全員を引揚げて2週間の症状確認をしているが、発症例は皆無と発表した。

 このようなイランの態度に対して、2月5日に駐イラン中国大使がイラン新型肺炎に対する友好的対応に感謝を発表したあと、2月15日には、ザリフ外相の中国人民への配慮を伝えられた王毅外相が、ザリフ外相が外国の閣僚としては初めて親愛の情を示したものだ、と返答している。

 中国は、2001年のアフガニスタン侵攻時には米国に同調したが、ブッシュ大統領が悪の枢軸としたイランとの関係は一度も悪化させていない。両外相は会見で、一千年以上の両国関係はずっと良好に推移しており、それは今も変わらないと語った。

 韓国に掌返しをされたイランにとって、今の経済を支えているのは対中貿易であると言っても過言ではなく、今や両国はお互いに切っても切れない関係となった。安全保障面でも、ロシアと共に海軍の共同演習を行う中国は重要な友好国である。

 このため、イランとしては、中国が、今後も予想される米国の一段の経済封鎖強化に与せず、門戸を開いていてくれること、また、必要に応じて米国との調停役を務めることも期待している。これが、他の中東諸国で感染例が出ているにもかかわらず、イラン新型肺炎の発生を否定してきた理由だろう。

 ところが、2月20日の選挙前日、テヘランの南80マイルにあるコム(シーア派の聖地)で18人の感染者と4人の死者がイラン健康省によって確認された。18日までゼロだった感染者が急に出現したのだ。同時に、コムから帰ったレバノンの女性等の感染なども報告されており、感染者数の増加でさすがに放置できなくなったようだ。コム巡礼者が帰国した多くの中東諸国での拡散が心配されている。

 これら中東諸国の中には、イランとの人の往来を禁止する国も出てきた。2月22日には感染者29人、死者6人に増加している。これは、米国の経済封鎖に悩むイランにとって深刻な事態を更に悪化させかねない問題だ。

 なお、イランのイマム(モスクでお祈りをする人=カトリック教会の神父に相当)であるサイーディ師は、「新型肺炎の拡散はトランプ大統領が聖地コムを危険な都市にしようと狙ったものだ」と発言している。

戦争回避の可能性はイラン次第

 このように新型肺炎の影響を含めて苦境が強まるイランだが、果たして米国との戦争を回避し、経済的混乱からも脱出できるのだろうか。この疑問については、既に日本を含む世界のメディアで様々な思惑が乱れ飛んでいる。そこで、ここでは両国の現状を書いておきたい。

【米国】

 米国では2月13日、上院が1月の下院による決議に続いて大統領権限を制限する法案を55対45で決議した。リバタリアン小さな政府を志向するランド・ポール上院議員など8人の共和党議員が賛成に回った結果だ。背景には、平和の維持に加えて、軍事予算拡大と泥沼化が懸念される中東の大国との戦いへの反対がある。

 米国大統領には、“Commander in Chief”との呼び方がある。これは「全軍の指揮官」という意味だが、米国ではレーガン大統領以来、この意味を拡大解釈した“Unitary Executive Theory”が歴代政権で使われてきた。米国の憲法学者に聞くと、これは中世ヨーロッパの王権神授説のように、大統領は自国に対する危害を防ぐための全ての権限を持つというものだ。

 すなわち、米議会の決議は、この権限を制限して可能な限りイランとの戦争を回避しようとするものである。ただし、大統領権限は憲法に基づくものなので、制限できる行為はかなり厳密に解釈され、イランがなにがしかの攻撃に出ればトランプ大統領は攻撃の大義名分を得る。

 こうした中で、トランプ大統領は、イランの選挙を2日後に控えた2月19日イランに対して戦争ではなく「平和による素晴らしい未来を」と呼びかけており、ボールはイラン国民に投げられた形となっている。

イラン

 一方、イランでは、1月3日のソマレイニ氏殺害を国際法違反だと主張すると同時に、米国に対して最後通牒とも言えるような手紙を出している。そしてザリフ外相は、これを米国からの過激な内容の手紙(イランはそれを公開しないと発言)への返答だと語った。

 つまり、両国は既に戦時国際法の決闘の法理に基づく挑戦状の交換は終わり、戦争の開始を待つだけの状態にあるというのが、イランの受け止め方だ。

 しかし、イランは米国の経済制裁と兵站の伸び切った中東各国での戦闘状態、1人当たりGDP(国内総生産)が2万ドルを超えたあたりで陥る「中所得国の罠(人口増加の頭打ちと成長率の低迷)」などで経済状況が非常に悪い。一時は1桁台に落ち着きかけたインフレ率も2018年には再び年率40%まで上がっている。

 この状況で米国への報復攻撃を本格化するには、かなり強硬な政治判断が必要になる。いかに2月21日の選挙で保守派が勝ち、その中に対米強硬派だったアフマディネジャド政権時の14人の閣僚が含まれていると言っても容易ではない。

 実際、改革派や現実派は、7000人もの候補者が候補基準を満たさないとされたこと、新型肺炎の影響もあって投票率が低いことを指摘して、選挙の有効性を疑問視している。

 ここ数カ月は武闘派ばかりが目立ってきたイランだが、結局はイラン国民が戦争を選ばなければ米国も手を出せない。この戦争はイスラム教徒とのキリスト教徒の宗教戦争ではなく、中東地域の勢力争いだ。実際、ザファリ外相は、この困難な時期でも、米国とタリバンの平和への対話について国連事務総長と意見交換している。

 現地にいるイラン政府関係者の話では、真にイスラム教の教えに沿った場合、平和的解決を考える余地は残されており、決して悲観的になる必要はないらしい。2月21日は議会選挙と同時に最高指導者を選ぶ権限を持つ代議員会の中間選挙も行われており、低投票率等を考えたハメネイ師の総合判断は、低迷する経済に苦しむ現状を優先して、強硬姿勢を崩さないまでも平和的解決を図る可能性がまだ十分あるらしい。

 国連ができない戦争回避を、当事国のやりとりで実現できるかどうか。中国を味方につけたイランが、かつてのササン朝のような、またはファーティマ朝のようなペルシャ帝国的な老獪な駆引きをできるのか、これからしばらくは目が離せない。

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