全世界の耳目が集まる2020年11月の米大統領選。実は、米大統領選後の国際情勢に影響を与える選挙が半年後にある。イラン大統領選挙だ。米国とイラン大統領任期はともに最大2期8年。米国ではブッシュ政権(父)が1期で終わったため、米国とイラン大統領には4年のズレが存在している。そのズレが、米国とイランの関係に微妙な綾を生み出してきた。テヘランの日本大使館に勤務するペルシャ語専門の現役外交官、角潤一氏がイラン大統領選と米・イラン関係の今後を占う。

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(角潤一:在イラン日本国大使館 一等書記官)

※本稿は、個人的な見解を表明したものであり、筆者の所属する組織の見解を示すものではありません。また、固有名詞のカタカナ表記は一般的な表記に合わせています。

米大統領選の半年後に来るイラン大統領選

大統領選挙を占ってみようっ!」

 と言ってもトランプかバイデンか、ではない。2021年6月に予定されるイラン大統領選挙だ。来年のこと言えば鬼が笑うかもしれないが、イラン国内では徐々に熱を帯びつつある。

「革命体制の護持」を国是とするイランにとり、その存亡の鍵を握る対米関係は常に最重要課題である。表向きは「誰が米大統領になろうとも、イランの政策には無関係である」(イラン外務報道官)と無関心を装っていても、いかなる人物が米大統領になるかは、決定的に重要である。 

 イラン大統領選挙は4年に1度、米大統領選挙(11月)から約半年後(翌年の5月~6月)に実施され、毎回、米大統領選挙が終わると本格的な選挙モード突入のファンファーレが鳴る(注)。

注:イラン大統領の任期は4年で、連続2期までと米国と同じ。ロウハニ大統領は現在2期目

 このように米大統領選挙の結果が出た後であるので、イランにとっては「壮大な後出しジャンケン」とも言える。とりわけ、トランプ大統領バイデン候補が掲げる対イラン政策が大きく異なるため、2020年の米大統領選挙の結果がイラン大統領選挙に与える影響は大きいであろう。

 つまり、トランプ大統領が再選された場合、イラン指導部として、米国による「最大限の圧力」と「経済戦争」がさらに4年間続くことを覚悟し、未曽有の国難の時期を耐え忍び、抵抗継続を訴えることができる大統領(軍・革命防衛隊出身者やライースィ司法権長<59歳>などの「強硬派」)をあてがおうとするかもしれない。国家的英雄であったソレイマニ司令官(米軍のドローン攻撃により死亡)が生きていれば、この厳しい時代に国民の団結を促すリーダーとして推したかったのかもしれない。

 反対に、イラン核合意(包括的共同作業計画:JCOPA)への復帰を掲げるバイデン候補が勝利した場合、ロウハニ政権が標榜していた国際協調路線が息を吹き返し、この合意に深く関わったザリフ外相(60歳)や西側との核交渉を後押ししていたラリジャニ前国会議長(63歳)などの「穏健派」にもチャンスが回ってくるかもしれない。

米国とイランの運命を分ける4年のズレ

 先行する米大統領選挙とそれを追うイラン大統領選挙の半年間のズレに加え、任期1期分(4年間)という2つ目のズレも存在する。

 歴史に「もしも」は禁句であるが、クリントン政権(1993年~2001年)とハタミ政権(1997年~2005年)が8年間フルで重なっていれば、「悪の枢軸」発言(注)はなかったであろうし、オバマ政権(2009年~2017年)とロウハニ政権(2013年~2021年)が8年間重なっていれば、JCPOAを巡る状況も今とは全く違うものになっていたであろう。そのほか、番外編として、トランプ大統領(2017年~)とアフマディネジャド大統領(2005年~2013年。2017年選挙では資格審査で失格)が重なっていれば、「劇薬同士の化学反応」で、両国関係に良くも悪くも劇的な変化が生まれていたかもしれないと指摘する向きもある。

注:2002年1月、ブッシュ大統領(息子)は一般教書演説で、イランイラク北朝鮮と並べ、"Axis of Evil"と名指しで非難。米国の対アフガニスタン攻撃を水面下で支援していたイランにとり衝撃であり、イランは米国への不信を深めた

 そして、仮に来月の大統領選挙でバイデン候補が勝利すれば、トランプ大統領は戦後4人目の再選を果たせなかった米大統領となり、この4年間のズレが解消される可能性が出てくる。

イラン最高指導者は「独裁者」ではない

 では、イランの体制と選挙について見てみよう。

「最高指導者」の名の通り、イランでは一人の最高位のリーダーが独断ですべてを決定していると思われるかもしれない。実際、最高指導者は、大統領、国会議長及び司法権長の3権の長よりも上位に位置し、軍・革命防衛隊や国営放送などを手中に収め、体制のトップに君臨していることは間違いない。しかし、最高指導者を解任・選出する機能を果たす専門家会議のメンバー、また大統領や国会議員は、国民からの直接選挙で選ばれることになっており、一定のチェック・アンド・バランスが働く仕組みも組み込まれている。

 イランの体制指導部は、選挙の投票率をイスラム体制への国民の支持度合いを示すバロメーターとして重視しており、2020年2月の国会議員選挙において、42.6%というイスラム革命(1979年)以降国政選挙では最低の投票率となったことに強い危機感を抱いている(注)。最高指導者は、常に民意や世論に目配りをしており、イスラム体制を維持するため、国民から人気のある大統領を必要としている。一方で、かつてのアフマディネジャド大統領のように、最高指導者の路線から外れる大統領の出現は諸刃の剣ともなる。

注:テヘランでは約25%と国民の政治離れが危機的な状況を呈した。なお、前回(2016年)の国会議員選挙の投票率は約62%、前々回(2012年)は約66%、前回の大統領選挙(2017年)は約73%であった

 また、大統領は行政府の長として、最高指導者に次ぐ国家のナンバー2に位置付けられ(イラン憲法第113条)、国家安全保障最高評議会(SNSC)の議長を務める(同第176条)。体制の大きな枠内ではあるも、最大8年間のイランにおける政治・外交・経済・社会等における方向性を規定する意味において、極めて重要な役割を担う。

 ある種の “無謬の存在” として過ちを犯せないプレッシャーのかかる最高指導者にとっても、大統領は国民からの直接の批判をかわす盾となることもある。これまでの西側との核問題交渉もそうであるし、2019年11月の暴動の発端となったガソリン値上げ(ハメネイ最高指導者による「私は専門家ではない」旨の発言)や現在の新型コロナウイルス対策(ロウハニ大統領が議長を務める対策本部に対応を一任)についても、そのような指摘がある。

 イランの選挙については、民主的なコントロールが及ばない「憲法擁護評議会(Guardian Council)」が、選挙プロセスにおいて最高指導者の意向を汲み取って立候補者を事前審査でふるいにかけているとして、民主主義的な正当性に欠けると指摘される。

 一方で、この評議会の役割と、先述の国民による一定のチェック・アンド・バランスが働く仕組みが組み合わされることで、ある種の免震構造となり、「イラン・イスラム共和国」という大きな籠の中で、一定の民意を汲み取り、時に国民の不満のガス抜きをしつつ、ゆらゆらと左右に揺れながら、40年以上、この体制を維持してきたのである(注)。

注:この過程において、その名が示す通り、「革命防衛隊」が果たした役割も極めて大きいが、この点は稿を改めたい

 しかし、「後出しジャンケン」だとしても、必ずしもイランの指導部が出したい手が出せるとは限らないのがイラン大統領選挙だ。実際、イラン大統領選挙の結果を予測するのは難しい。これまでも、筆者を含め多くのイラン専門家の予想を覆す結果が出ている。制限された民主主義とは言え、地滑り的な勝利をおさめたハタミ大統領の登場(1997年)のように、体制側がお膳立てした大統領候補が民意によりひっくり返されるダイナミズムが存在する。この点、「悪の枢軸」として並列された当時のサダム・フセインイラク金正日北朝鮮とは明らかに異なる。

次期大統領は若手か革命第2世代か

 2020年10月現在、ハメネイ最高指導者は御年81歳。小さなメモだけを片手に1時間以上の演説を淀みなくこなす姿からは、まだまだ健在ぶりが見て取れる。しかし、次期大統領が2期8年を務め上げるとすれば、その頃にはハメネイ師は90歳になる。イラン人男性の平均寿命は73.4歳(出典:世界保健機構<WHO>、2016年)であり、前任のホメイニ師は86歳で死去したことを踏まえれば、ハメネイ師自身、自らの没後のことを見据え、布石を打ち始めていると見るのが自然であろう。

 最近、ハメネイ師は「革命的な若者(Revolutionary Young)」「若手による政府が治療薬である」「革命の第2歩」などと繰り返し述べており、大統領が一気に若返る可能性も指摘されている。この発言を受けてか、革命後生まれ初の閣僚であるアザリジャフロミ通信相(39歳)やバズルパーシュ最高会計監査院総裁(40歳)などの新世代のホープ大統領選の潜在的な有力候補として注目を集め始めている。

 体制側としても、新世代の登場は、革命が今も息づいていることを証明できる宣伝に使えるだろうし、既に人口比では革命を知らない世代が過半数を占める中、国民の支持をつなぎ止める上で有効打となるかもしれない。

 また、ハメネイ最高指導者として、自らの後継者(次期最高指導者)へのスムーズな権力基盤の委譲を考える上でも、大統領があまりに強力であることは望まないのではないか。自らが最高指導者に就いた際(当時ハメネイ師は50歳)、5歳年上のラフサンジャニ大統領(当時)は就任当初こそ頼れる存在であったが、徐々に目の上のたんこぶ的な存在へと変わっていった経緯がある。

 一方で、故ソレイマニ司令官(享年62歳)を「若々しい」と称賛しており、自身より10歳年下のトランプ大統領(71歳)については「老いぼれ」と呼んでいる。いわゆる「革命第2世代」には、60歳前後の脂の乗った実力者(ジャハンギリ第一副大統領<62歳>やガリバフ国会議長<59歳>、ファッターフ被抑圧者財団総裁<59歳>、ジャリリ前SNSC書記<55歳>)などが揃っており、やはりこちらが大統領選の本命なのかもしれない。

イラン大統領選の争点は経済と対米関係

 革命初期を除き、現最高指導者のハメネイ大統領1981年~89年)以降、イラン大統領は全員2期(8年間)の任期を全うしている。

 米国も同じ時期で見ると、在イラン米国大使館占拠事件が尾を引いたカーター大統領、ホメイニ師死去の年に誕生したブッシュ大統領(父)を除き、全員が2期8年を務めており、これが結果として先述の「4年間の絶妙なズレ」を生んでいる。

 そして、改革を求める国民の渇望に後押しされて誕生したハタミ大統領1997年)以降、イランの政権は、人々の現状打破への期待とそれが裏切られたことへの失望のサイクルを背景に、改革派・穏健派と強硬派の間をスイングしており、順当にいけば次は強硬派が政権を奪取する番である。大統領選挙の前哨戦とも呼ばれる2020年2月の国会議員選挙でも、強硬派が圧勝している。

 イランは今、米国の最大限の圧力政策による強力な経済制裁と、それに追い打ちをかける新型コロナウイルスの感染爆発(注)により、革命後最大ともいえる苦難の時期を迎えている。

注:10月18日現在、累計感染者総数は53万380人、死亡者は合計3万375人と中東地域で最悪。同月14日には1日の新規感染者数が4830人と過去最大を更新するなど、例年インフルエンザ流行を迎える冬を前に「第3波」が到来している

 かかるなか、来年の大統領選挙では、「経済」が最大の争点になると見られており、国民目線で低所得者層に訴えかけられるポピュリスト的な候補が支持を得る可能性がある。昨今、アフマディネジャド前大統領(63歳)の再登場の可能性がにわかに注目を集めているのには、このような背景がある。一方で、改革派や知識層・有識者・学生の間での大きなうねりの兆候は少なくとも現時点では見られない。

 しかし、経済立て直しには、国内の生産性向上や「抵抗経済」のスローガンだけでは限界があり、米国による制裁解除が大きなカギを握る。このため、米大統領選挙の結果次第(バイデン候補の勝利)では、国際協調派に追風が吹く可能性もある。さらにここに、安易な西側との妥協を許さない革命防衛隊の影響力も加味する必要がある。近年、革命防衛隊は、単なる軍事組織を遥かに超え、政治的・経済的パワーハウスとして強大さを増している。

 もう一度言おう。イラン大統領選挙を見通すのは難しい。特に現時点では時期尚早である。往々にして、選挙直前、最終コーナーを回った辺りから風が吹き、“国内最大派閥” ともいえる「風の党」(ペルシャ語でhezb-e baad風見鶏的な無党派層、浮動票の意)が動く。先述のハタミ大統領の登場(1997年)のほか、2005年選挙ではアフマディネジャド候補(テヘラン市長)がラフサンジャニ候補(元大統領)を、2013年選挙ではロウハニ候補(元SNSC書記)がガリバフ候補(テヘラン市長)を、民意のうねりを受けて選挙の最終局面で逆転しており、最後の最後まで目が離せない。

 2021年、イランは奇しくも世紀末イラン暦1400年)を迎える。時代を救う救世主メシア)が現れるのか、来月の米大統領選挙の結果とともに、イラン大統領選挙レースに注目していきたい。

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