高校生にとって学生生活最後の一大イベントであるプロムでドレスを着たいと願うジェイミーの夢は、プロのパフォーマーになること。それもドラァグクイーンだ。小さい頃から母親の服を着たりメイクしたりすることが好きだった彼を主人公としたミュージカルジェイミー』は、イギリスBBC放送のドキュメンタリーで取り上げられた実話をもとにした作品だ。

十代の多感な時期にゲイをカミングアウトしたジェイミーの複雑な心模様を、ノリのいい曲とダンスで楽しく愉快に味つけし、仕上がったのは笑って泣けてじんわりと心に染みる物語。そして待っているのは最高にハッピーな気分♪

これは、今もウエストエンドでロングランを続け、韓国でも上演されるなどワールドワイドな広がりを見せている大ヒット作なのである。その日本版『ジェイミー』(2021年8月8日(日)~29日(日)東京建物Brillia HALLにて上演、その後、9月に大阪・愛知公演あり)の演出・振付を手がけるジェフリー・ペイジに作品の魅力と日本版の演出について話を聞いた。

稽古の様子

稽古の様子

――この作品との出会いから教えてください。

演出のオファーをいただいた3年ほど前です。それから資料を集め、原作となったドキュメンタリーを含め、いろいろとリサーチを重ねていくうちに、多様性やコミュニティなど多くのことを語っている素晴らしい作品だということがわかりました。

――シェフィールドでの初演を経て、ロンドンでの上演は2017年11月ですから、かなり早い時期に着目し日本での上演に向けて企画が進んでいたのですね。

日本の人々がそうした多様性や公平さというものに対する関心が高いのだと理解し、この作品を日本でやるということに対して、また自分が関われることをうれしく思いました。

――魅力を感じた部分を少し具体的に教えていただけますか。

美しいと思う瞬間や登場人物の関係性がよく出ているところですね。特に好きだと思ったのは、ジェイミーとプリティ、プリティというのはジェイミーの親友ですが、彼女の部屋でのふたりのやりとりです。ここでプリティは、「私がなぜヒジャブをつけているのか一度も聞いたことがないよね」とジェイミーに問いかけるんです。

――イスラム教徒の女性がなぜヒジャブと呼ばれる布で頭部を覆っているのか、他者には素朴な疑問だと思います。ジェイミーは小さい頃からプリティのことをよく知っているけれどそれまで聞いたことがなかったのですね。

プリティは「シンプルでいられるから」「私という人間の枠組みをつくってくれるから」と自分から答えます。多くの人は、自分の美しさを周囲の人に認めてもらいたいと思って努力し、無理をして自分以上のものになろうとしてしまうことがあります。けれど美しさは自分自身がわかっていればいいこと。そしてプリティははっきりとそう言える人間なんです。ここは本当に素晴らしい瞬間だと思います。あらゆる人にとって大きな学びとなるメッセージなのではないでしょうか。

左から ジェイミー:髙橋颯、プリティ:山口乃々華(ともにWキャスト)

左から ジェイミー:髙橋颯、プリティ:山口乃々華(ともにWキャスト)

左から プリティ:田村芽実、ジェイミー:森崎ウィン(ともにWキャスト)

左から プリティ:田村芽実ジェイミー:森崎ウィン(ともにWキャスト)

――この出来事の少し前にジェイミーは、「ミミ・ミー」という名のドラァグクイーンとしてステージに立ち一歩を踏み出しました。ジェイミーにとってのミミ・ミーはいかなるものだと思いますか。

他者に認めてもらいたい、受け入れてもらいたいという気持がつくり出す仮面、マスカレードのようなものじゃないでしょうか。プリティにとってのヒジャブは、自分自身のよさを見据えるためのもので他者は関係ない。そこに大きな違いがあります。

――なるほど。

自分自身を受容し、より深いところで理解することができるようになれば、仮面などは必要なくなります。大切なのは、周囲に認めてもらうことに執着して頑張ることではなく、自分自身を本当の意味で好きなることです。人から認められるために、また自分自身が完璧であろうとするために、我々はどれくらい多くのものを犠牲にし、時に自分自身を傷つけているのだろうと考えさせられることがあります。

ゲイであれ、トランスジェンダーであれ、ストレートであれ、トラウマというものはそうした多様なセクシャリティーの中で誰しもが抱え得るもの。ですから多くの人が共感できる部分だと思います。この作品はトラウマを抱えた、ジェイミーという少年が大人になっていく旅路を描いた物語でもあります。

ジェイミー:髙橋颯

ジェイミー:髙橋颯

――ミミ・ミーからの自立は、いじめっ子的立場の、クラスメイトであるディーンとの関係性においても重要になりますね。

ディーンに関しては、作品をご覧になったジェイミー・キャンベルさん(ドキュメンタリーで描かれた、物語のモデルとなった人物)の言葉がとても印象に残っています。ディーンはひとりの人間ではなく自分をいじめて来たたくさんの人々の、複合的キャラクターだとおっしゃっていたのです。

――もっと大きな見方をすれば、偏見を抱く社会そのものの象徴でもある。フィクションの世界で物語を展開していく上で、重要な存在だと思います。

ふたりの間に生じる変化は、対立する者同士にも理解し合おうという気持が生まれれば人間は互いに癒されていく……。そういうメッセージも込められていると思います。

そして非常に魅力的に描かれている人物として、ジェイミーの母親であるマーガレットがいます。自分の親に対して、私たちはひとりの人間であることをしばしば忘れてしまいがちなところがあります。けれど実際はそうでない、彼らもひとりの人間であることを彼女は思い出させてくれます。

左から ジェイミーの母マーガレットを演じる安蘭けい、その親友レイを演じる保坂知寿

左から ジェイミーの母マーガレットを演じる安蘭けい、その親友レイを演じる保坂知寿

ドラァグス(左から 石川禅、吉野圭吾、今井清隆、泉見洋平)

ドラァグス(左から 石川禅、吉野圭吾、今井清隆、泉見洋平)

――そうしたジェイミーにとっての味方だけでなく、さまざまな立場の登場人物にリアルな実感があり、それぞれの等身大の背景が気になります。

それぞれを演じる役者さんもさまざまな世代が集まっていますから、そこがまた興味深いところです。稽古場は非常に楽しく、若いキャストがシーンワークをやっている時に、ベテランの方が大きな喜びをもって彼らを受け止め、その様子を見ているのがわかります。逆もまた然りで、稽古場で確かな交流が生まれているのを実感します。

――その関係性はきっと舞台に反映されるのでしょうね。

ジェイミーと年の近い、あるいはその年代からまだそんなに時間が経っていない世代のキャストは、より身近な感覚で物語をより深く実感しているようです。そしてベテランキャストの皆さんにとってもそれはかつて経験したこと。ただ当時は、この作品で描かれているような問題はあまり口に出すことはできなかったでしょうから、ある種の解放感があるのではないでしょうか。そうやって様々な年代の方がこの物語を通して交流している……。それを間近に見られるのは非常に楽しい体験で、ご一緒できてうれしく思います。

稽古場の様子(撮影=田中亜紀) ※稽古場披露日のみマスクを外しています

稽古場の様子(撮影=田中亜紀) ※稽古場披露日のみマスクを外しています

稽古場の様子

稽古場の様子

――劇場ではさまざまな世代の観客を含め、さらに大きな交流が生まれそうですね。今回はノンレプリカ版での上演だそうですが、脚本や音楽などオリジナルのよさを生かしながら、日本版を演出するに当たってどのように考えていらっしゃいますか。

今の若い人たちにとって想像の世界が非常に大切なものだ、ということを理解するのがひとつ重要なポイントだと思っています。ジェイミーは、自分がどう大きく、そして輝いて生きていきたいのかということ。そしてそれを想像で思い描き、その自分を信じている。ジェイミーは、自分にとって非常に重要な想像の世界、ファンタジーと現実の間とを、行ったり来たりしています。その行き来、押したり引いたりという部分を大事にしたいと思っています。

――観客はジェイミーと一緒にファンタジーと現実の間を旅することになるのですね。

プロセが消える、つまり芝居であることを忘れる瞬間と、「これはお芝居なんだ!」と思う瞬間をお客様には行ったり来たりしてほしいと願っています。芝居だと思って観ているうちに、気がついたら想像の世界に移動していた……というような。

そして最終的には、ご覧になった方々がトラウマを持った人の苦しみに耳を傾け、理解を深めていけることにつながっていければと思います。

――全人類が抱える重要なテーマです。

より深いところでこの作品のメタファーを理解していただくためにも、ジェイミーの内なる人生を理解することが大切。正直に、大胆に、自分自身の人生を生きる勇気を、この物語から我々も学んでいけたらと思います。

完璧というのは概念に過ぎません。大切なのは他者の目ではなく自分自身のために生きること。自分の人生の中で何を目指し、何を選び取っていくべきか、そんな問いかけをこの舞台を通してしていければと思っています。

取材・文=清水まり 撮影=田中亜紀(舞台写真)

ジェフリー・ペイジ