文=三村 大介
「ヒジャブ・コスプレ」のルーツ
マンガ、アニメ、ゲームなどの登場人物に扮し「キャラクターになりきること」・・・。そう、日本を代表するポップカルチャー、サブカルチャーの1つである「コスプレ」のことである。
国内ではなんと1980年代頃から行われていたようだが、インターネットの普及に伴い、日本発のアニメやゲームなどのコンテンツが海外で取り上げられ、人気になっていくことで、コスプレも一気に世界的に認知度を高めていくことになった。
現在では「コスプレ」は欧米諸国を始め、韓国や中国、台湾などのアジア諸国でも熱心なファンが多く、「costume play」を語源とする和製英語の「コスプレ」は、その英語表記である「cosplay」が辞書に載っているほどである。今や「コスプレ」は「OTAKU」や「Kawaii」同様、世界中で通用する日本語となっている。
そんな「コスプレ」の楽しみ方も人によって、国によって、そして文化によって多種多様のようだが、近年、マレーシア、インドネシア、シンガポールを中心とした地域で「ヒジャブ・コスプレ」が流行っているそうだ。
はて、「ヒジャブ」って何?最近、海外ニュースでも聞いたような・・・。
ムスリムの女性たちがスカーフのような布で頭や身体を覆っていることはよく知られているが、それはイスラム教には、「女性は自分の美しい部分を隠すべし」として、女性は人前で顔と手以外肌を見せてはいけないという戒律があるためである。そう、その纏っている布が「ヒジャブ」。
実は東南アジアのイスラム圏でも、アニメやマンガは以前から大人気だったそうだ。しかし「ムスリム女子」が「コスプレ」に踏み出すことはなかった。彼女たちを躊躇わせていたのが、まさにこの戒律。髪を見せなければいいのであれば、カツラは被ればいいのでは?と思いきや、この戒律ではカツラもNGというから、なかなかハードルは高い。
「コスプレをしてみたいけど、どうしたらいいかしら?」・・・そんなジレンマに光明を見出したのがインドネシアに住む裁縫師の女性。「そうか、別にヒジャブを外さなくても、ヒジャブそのものをキャラの髪型にすればいいんじゃん!」と思いついて始めたのが「ヒジャブ・コスプレ」のルーツとなった。
ヒジャブでコスプレなんてできるの?なんて疑うことなかれ。これがなかなかクオリティが高い。コスプレやマンガと言ったカルチャーにはあまり精通していない私が見ても素直に「Kawaii」と思ったりする。
もともとアニメやマンガのキャラクターは、なんともまあ奇抜な色や髪形が多いので、カツラを布で作ってしまってもなんの違和感もない。個人的にはむしろこっちの方がオリジナルの「2次元」に近いのでもっと良いのでは?とさえ思ってしまう。
それにも増して、戒律という制約を逆手に取ったこのアイディア、創意工夫に私は感心しかり。これこそ「クリエイティビティ=創造力」と言うに相応しいのではなかろうかと。
「クリエイティビティ」を纏った装い
「ヒジャブ・コスプレ」が流行り始めたのが2011年。図らずも同じ年の12月、「ヒジャブ・コスプレ」同様、クリエイティビティ溢れる装いを身に纏った建築作品が代官山に誕生している。クライン・ダイサム・アーキテクツ(KDa)による《代官山 T-SITE》である。
KDaはアストリッド・クラインとマーク・ダイサム、久山幸成による建築家ユニットで、彼らの生み出す作品はどれもユーモアとウィットに富んでいるのだが、この《代官山 T-SITE》でも彼らの真骨頂が如何なく発揮されている。
《代官山 T-SITE》はシンプルな箱が3つ、平行に並んで配置され、それぞれがブリッジで繋がれている。その外壁は白いGRC(ガラス繊維補強セメント)製の壁面と大きなガラスによって「T」の文字が形作られている。しかも3箱全て4面とも。この「T」、言うまでもなく蔦屋書店のブランドアイコン、「TSUTAYA」の「T」である。そして、さらによく見ると、なんとその白いGRC自身も「T」によって構成されている。
大きい「T」と小さい「T」。それはまるで、フラクタル(幾何学の概念で、図形の部分と全体が自己相似になっているもの)図形の『シェルピンスキーのギャスケット』ようである。
建築史に燦然と名を残すストリート
さてここで、この《代官山T-SITE》が面する旧山手通りを見て欲しい。旧山手通りは《ヒルサイドテラス》を始め、由緒正しき建築が立ち並ぶ、建築史に燦然と名を残す有名ストリートである。ある意味「代官山」というイメージを確立したのは、このストリートのおかげと言っても過言では無い。
この旧山手通り、特に《ヒルサイドテラス》界隈を見渡してみると、あちらこちらの商店街にお決まりの「看板」「広告」の類が見当たらない。そう、代官山のブランド力はまさに、この「看板」「広告」が作り出す乱雑さや猥雑さが無いということによるところが大きい。
しかし、この縛り(恐らく法的規制の無い、いわゆる暗黙の了解)は、このストリート沿いに出店したい側としては、なんとももどかしいところであろう。看板を出してお店のアピールはしたい。だけども、それはこの街には似つかわしくないし・・・。
そんなジレンマに対してKDaは、《代官山T-SITE》で、いとも鮮やかな解答を提示した。それがまさしく大きい「T」と小さい「T」による『Tのギャスケット』。なんともスマートに、そして大々的にツタヤをアピール。おみごとである。
おそらくKDaは「暗黙の了解」を「制約」などとは思わず、むしろデザインの「ヒント」「手がかり」としたのだと思う。それは、ムスリム女子たちが戒律という制約を超えて「ヒジャブ・コスプレ」という「クリエイティビティ」な装いを生み出したことに通ずる。KDaのユーモアとウィットによる「クリエイティビティ」が『Tのギャスケット』という装いを生み出したのだ。
「ヒジャブ・コスプレ」の広めることに貢献した前述の女性はインタビューでこう答えている。
「コスプレは宗教関係なく誰でも楽しめるものだと思います。何らかの理由で表現を制約されているとしても、みんなの想像力は無制約だということを知ってほしいと思います」
これは建築家としてだけでなく、ひとりの人間として胸に迫る言葉である。
よし、それでは私も一念発起、彼女に刺激を受け「コスプレ」にチャレンジ!?・・・と、思ってはみたものの、私の好きな『エヴァンゲリオン』では、さすがにハードルが高過ぎ即断念・・・。やはり本業の建築で「クリエイティビティ」が発揮できるよう精進します・・・。
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